翌朝、爨に藍一郎さんがいた。

 「怒っているか」といわれ、「なぜです」と返す。

 「昨日、またあそこにいったんだ。だが、ふと寒菊が酷く怒っているような気がした」

 「それで帰ってきたのですか」と私は苦笑する。「莫迦ですね」と。

 「藍さんに伝えなくてはならない義務に気づいたのではないのですか」

 しかし、私のあの激情なんていうのはどうでもいい。

 「藍さんには伝えられましたか」

 「俺は確かに藍が好きだ。藍がいなければ生きていられないだろうとも思う。だが、それがなんなのかわからない」

 「情愛ではないのですか」

 「所詮、彼女の柄巻に惹かれただけなのかもしれない。彼女の柄巻がほかの色だったらどうだと自問したとき、答えが出ない。結局は、紲なんだろうか」

 「情愛と紲は違うものなのですか。藍一郎さんは、藍色の柄巻の彼女に惹かれた。きっかけはなんであれ、藍一郎さんは藍さんに離れがたい特別な魅力を感じているのですよ。私はそれを情愛と呼んでも、大した問題はないかと思います」

 「魂を愛せなくては、なんて教訓はたれないのか」

 「では、藍一郎さんは藍さんが厭わしいのですか」

 しばらくの沈黙を受け、私は短く息を吸い込んだ。

 「少なくとも、傷つけたくない、傷つけてはならないとは思っているのではないですか」

 藍一郎さんはなにもいわなかった。

 「悩めばいいのですよ。納得できるまで、悩めばいいのです」

 それがなによりの証しでしょう。それに気がついたとき、解放を幸福に変えればいいのです。

 「急ぐことはありませんよ」

 「昨日、」と彼はいった。「寒菊は俺を呼んだか」

 「藍さんが泣いていたので、苦しかっただけです」

 内心、私はひんやりしたものを感じていた。

 「なにか感じましたか」

 「命令されているようだった」

 「確かに、内心では呼んでいたのかもしれません。どうか藍さんを抱きしめてやってほしいと、願ったかもしれません」

 藍一郎さんはふっと笑った。「まるで、兄弟みたいだ」と。

 「お前と菊臣の方が、ずっと兄弟らしいのに」

 「藍一郎さんは、この家の長男ですよ。菊臣さんが二男です。みんな知っています」

 しかし、と私は笑ってみる。「兄弟ですか。私は藍一郎さんの兄になれていますか」

 「うるさい、早く野菜を採ってこい」

 私は「畏まりました」と笑い返し、「清らけき弟の御心のままに」と頭を下げた。