「まずは、まじめに表を片づけるか」と藍一郎さん。「裏は誰にも見せぬ、飽きたら戻っていい」

 いってから、彼は苦笑した。「尤も、通り道を作ったところで参拝にくる者などないのだが」と。

 藍一郎さんの持ってきた箒で雪を寄せながら、竹垣のあちらから愉快に弾ける声が聞こえた。動物のあやかしがはしゃいでいるのだろう。それを窘めるような声も聞こえる。

 「愉しそうですね」と菊臣さんがのんびりという。

 「世界が違うな」と藍一郎さんが静かに答える。

 菊臣さんは考え込むように黙ってから、「やはり普段、忙しいのでしょうか」といった。

 「当てもなく彷徨うよりは充実していることだろうよ」と藍一郎さんは吐き捨てる。「どの人間を喰ってやろうかと品定めしてるんだ」

 「そんなことはありませんよ」と菊臣さんは諭すように答える。「彼らの生への執心は父上が鎮めて下さいました、今はその時々の仕事を見ているだけですよ」

 「どうだか」と藍一郎さんは嘲笑う。

 「死んだ者は生き返らない。彼奴らは所詮、死に損ないだ。体の方は死んでいながら、魂だけになってこの生者の世に縋りついているんだ。そのうちに俺たち生者を妬んでこの体を蝕むことだろう。粘着質なんだよ、自らの死を認められず、生者を妬んで自分の慾望に巻き込む」

 穢らわしい、とでもいうように、藍一郎さんは「愚かしい」と吐き捨てる。

 「そりゃあ、彼らだって死にたくて死んだわけではないでしょうし、多少はこの世への未練もありましょう」

 「それに生者を巻き込むなといっているんだ。生者を殺せば自分が生き返るのか、違うな。ではなぜ殺す。妬んでいるだけだろう。生きている者が気に入らないんだ。

それだけで誰彼構わず殺す。あれらは化け物なんだよ。生ける者の命を喰らわねばいられない、慾望と嫉妬という憎悪に飲み込まれた化け物だ」

 「兄上、」という菊臣さんの声を、藍一郎さんは「菊臣」と歎くような声で遮った。弱々しい足取りで弟のもとへ寄っていく。

 そして彼は、弟の薄い肩を攫んだ。その顔を覗き込むようにする。

 「あれらに同情なんぞするな。ああいうのはお前のような、そういう優しさに付け入るんだ。あれらは優しさを優しさとわからない。あれらにとって、優しさなんてのは隙、弱点なんだよ」

 「僕は、」と菊臣さんは首を振る。「彼らが悪い魂だとは思えません」

 「それが貴様の弱点なんだよ」と藍一郎さんは語調を強める。「お前はあれらが消えて生きていけぬのか、なにか困ることがあるのか? そんなことはないだろう。魂の宿っていないもので生活は事足りるんだ。あれらと魂を通わせる必要などない、そんな危険を冒す理由なんかないんだよ」

 ふと気配を感じて、裏の玄関に続く狭い通りの方を見ると、藍さんがいた。胸の前で手を握り、怯えたように瞼を震わせている。

 どうするべきかと考えているうちに、藍一郎さんは「あやかしなんていう化け物は、決して人間と交わってはならないんだ」と彼女にとどめの刃を突き刺した。

 絡まりそうな足取りで駆けていく華奢な背にたまらず「藍さん」と叫んだが、その声が影響を与えたのは藍一郎さんへだった。彼は弟と向き合ったまま、直前の彼女のように眼を揺らし、瞼を震わせた。