「野菜を採ってきてくれ」といわれて畑に向かうのは、毎朝の約束のようになっていた。

 私は凍りそうに冷えた水で野菜を洗い、爨へ戻った。(かまど)の火があたたかく、体から力の抜けるのを感じる。

 「藍一郎さん、」

 「ああ、ありがとう」

 「やはりあれから雪になったようです」と報告すると、火の加減を見ていた彼はこちらを振り返った。眼の奥に喜びが輝いているのがかわいらしい。

私はそれで、彼をかなり幼い者と見ているのに気がつき、くれぐれも本人に知られてはならないなと内心苦笑する。

 藍一郎さんは「雪か」と声を弾ませる。

 「ええ、雪です。それほど高くはありませんが、積もっていましたよ」

 「戦だ」とあまりに嬉しそうにいうもので、私は「これはまた物騒ですね」と苦笑する。

 「雪玉を投げ合うのだ。いくら寒菊といえど、それくらいはやったことがあるだろう」

 私には基本、偽るという行為は向いていないようで、曖昧に笑うだけで答えた。「嘘だろ、」と藍一郎さんはとうとう呆れたように笑った。

 「近くには父以外、まるでいなかったのですよ」

 「俺がいうのもなんだが、中身の貧しい人間だな、寒菊」

 「自分の子にはいろいろな経験をさせたいものですね」と私は笑い返す。

 朝餉の途中で、藍一郎さんが雪をどけるのだといって菊臣さんを誘った。「戦ですね」と声を弾ませる彼を久菊さまが「止しなさい」と叱る。

藍一郎さんはそれを愉しむように意地悪く笑う。

さらには「遊戯を戦とは、菊臣、そりゃあまりに物騒だ」と、しかも顰め面でいうので、今度は私が笑いそうになった。味噌汁を飲むふりをしてなんとか口元を隠した。

 食器を片づけ、外に出てから、私は着物の裾を帯に折り込みながら「しかし、なぜ雪を投げ合うものを戦なんていうのですか」と尋ねた。

 藍一郎さんは私と同じようにしながら「まあ、あれだ、単なる憧れだ」と答えた。

 「戦に憧れるのですか、」

 「いや、戦なんて俺たちも好きじゃない。失うものばかりで得るものがあんまりに少ない。俺たちは武士に憧れたんだ」

 菊臣さんが丁寧に裾を折り込むのを見届け、階段を下り始めた藍一郎さんについていく。

 「確かに、上等な家柄ですね」

 「きっとなにに困ることもないんだろう。軍を率いるほどの者になってみろ、国一つが自分のものだ」

 「藍一郎さんは武士になるのですか、」

 「いや」と彼は自嘲気味に笑った。「俺は飽くまで、そういう生活に憧れるだけの田舎者だよ。でもたまには武士のふりもしてみたいもんで、雪が降った日には戦のまねごとをするんだ。俺も菊臣も、裕福な家庭に憧れるだけの田舎者、決して暴れん坊なんかじゃない」

 「それはなによりです」と私は頷いた。