しばらく歩くと、建物も人も増えてきた。

 「やはりこれくらい賑やかなところがいい」と藍一郎さんはいう。「あの静かな家の中では息苦しい」と。

 「私は静かなところも嫌いではありませんよ」

 むしろ、人間のいるところの方が息苦しい。

幾度か父と共に野菜を売りにいったことがある。皆喜んで買ってくれたが、それが父や私に流れる血に由来するのではないかとつまらないことを想像しては怖くなった。

父の血の始まりは、その地域では有名なところだったからだ。その血は、どこにでもいる人間に到底扱えぬ力を押しつける。

 「では最後には静かなところへいこう」と藍一郎さんはいう。「いいところを知っているのだ」と得意げに。

 右手になにやら大きな屋敷が見え、私は歩きながらそれを眺めた。

「余程の金持ちがいるのでしょうか」とどちらにともなく尋ねると、「あれは長屋ですよ」と菊臣さんが答えてくれた。

 「確かに長いですね、」

 「いえ、」と噴き出すように笑い、「ああでも、確かに長いですね」とまじめな調子で呟く。

 「とにかく、あれは誰か一人や一家のものではないのですよ。そうですね、いくつか部屋があって、一つの部屋に、金を払って一家が住むようなものです」

 「なぜそんなことをするのでしょう」

 「本や道具の借り物が多いのと同じでしょう。せっかく自分の家を持っても、燃えてしまっては大變です」

 「確かに、火災が多いと聞きますね」

 「まさか兄上、火災も知りませんか」

 「いえ、話に聞いたことはありますよ。しかし、経験したり実際に見たりということは、」

 「そりゃあすごい」と菊臣さんは声を弾ませた。「余程力のある者がそこにはいたのでしょうね」

 「なに」と藍一郎さんが鼻を鳴らす。「うちだって俺たちが生まれてこの方、一遍も然様な危険には遭っていない」

 「それはあやかしたちのおかげですよ」

 藍一郎さんはふんと笑う。「菊花の加護とでもいってくれた方がまだおもしろい」

 「それではその菊花には、魂が宿っていますよ」

 藍一郎さんはふと、菊臣さんを内に入れるようにして隣についた。その横を細長い尾を生やした者が歩いていく。深い紫色の傘と親しげに話していた。

 私は密かに安堵する。藍一郎さんはまだ私の半妖であることを知らないし、やはり確かに、菊臣さんを大切に思っている。

私がいれば、きっと二人は無事だ。父方の血とはそういう力を、凡人に強いる。

 私は藍一郎さんの弟への愛を美しく思いながら、ひゅうと吹いた乾風(からかぜ)に服の中で腕を組んだ。

寒いけれど、庭で感じる風とはちょっと違うのは、ここまで歩いたせいか、実際にこの辺りの風はなにか違うのか。