玄関を出ると、二人は同時に肩をすくめた。

 階段を下りながら「ああ、首巻きがあるといいですね。あれはあたたかい」という菊臣さんに「病人でもあるまい」と藍一郎さんが返す。

 「別にいいではないですか。そうですね、あと数十年もすればきっと、若者も皆身につけるようになりますよ」

 「誰があんな老人じみたものを」と藍一郎さんは笑う。「首巻きといえば老人か病人、数十年経てど、變わりやしない」

 「そういうものなのですか、」と私はいった。首巻きというくらいだから首に巻くものなのだろうが、使う者が限られているものなのか。

 「寒菊も体を壊したときには使っただろう、」

 最後の一段を下りて、私は「生まれてこの方、体に異変を感じたことはありません」と答える。

 二人は瞼も脣もこれでもかと開いた。

 はっ、と息を吐き出すように笑ったのは藍一郎さんだった。

 「これは珍しい奴がいるものだ。寒菊が体を壊すのはこの世の終焉のお告げだな」

 「ええ、」と菊臣さんが哀しげな声を上げる。「兄上、どうか健康であって下さいね」

 「そうですね」と私は笑い返す。「この世の命を背負っているとあらば、そう簡単にくたばるわけにもいきません」

 表の寺の方へ歩きだし、「そりゃあいい」と藍一郎さんが笑う。「なら、俺の命は菊臣に託そう。菊臣が死ねば俺も死ぬ」

 「えっ」と声を漏らした菊臣さんは大層驚いているようだった。「なんてこというのですか」と笑う口許は引き攣っている。

 「あいにく、俺はこれ以上家族を喪って生きていけるほど図太くない」

 「父上はどうなるのです、」

 「貴様は父上より先に死ぬつもりなのか? それならこの安い命は父上に託すが」

 藍一郎さんはなんでもないようにいって、ふっと笑った。

 「自分のせいで俺が死ぬのを嫌というのなら、俺が死ぬまで生きていればいいだけのことだ。そのあとは、清々するも両親の抱擁を求めるも貴様の自由だ」

 「兄上のために生きたのなら、兄上のために死にますよ」と、菊臣さんは静かに答えた。

 藍一郎さんはどこか満足げに、口許に笑みを滲ませた。冷たい冬の空を見上げる。

 「さて、我が命のいかほど残っていることか。なんのため生きるかねえ」その声はまさに、生きる理由などないといって笑っているようだった。

 「それは、僕のためでしょう」と菊臣さんは答えた。見てみれば、あのとき指先を走らせたような位置に手を置いている。「僕を生かすため、殺すため」

 「そうだな。菊臣を平和な時代に生かすために生きよう。それができなくなったときに死のう」

 藍一郎さんの声は言葉は、まるで弟の手の位置を知っているようだった。