「……藍一郎兄さんは当主の座に酷く固着しています。見っともないですが、僕は怖いのです。藍一郎兄さんの憎しみの矛先が、兄上に向いてしまわぬかと」

 菊臣さんは自嘲気味に笑う。

 「正直、僕も団子には然程拘っていないのだと思います。いえ、父上に対し僕の買ったものということにされたのは確かに納得できませんが、しかしそれ以上に、あれが兄上に対する報復の始まりのように思えてしまったのだと考えます。ああ、いえ、報復というよりは、毒の芽を摘んでおくという感じでしょうか……」

 私がなにか言葉を返すより先に、菊臣さんは苦笑した。

 「いえ、あまりにつまらないと僕も思います。しかし、やはり怖いのです。藍一郎兄さんにとって、兄上が父上と親しくすることが恨めしかったら。親しくなるたび、この家を任せたいのは寒菊だと、父上が思ってしまうかもしれないと恐れていたら。兄上が父上のために団子を買ったとするよりはまだ、僕が買ったことにした方がと、……兄上が、藍一郎兄さんが、考えないとも限らないように思うのです」

 菊臣さんの声は昂奮していた。

 「菊臣さんの恐れることではありませんよ」と私は答えた。

 「そうですね、藍一郎さんがこのことに気がついたとき、私を厭わしく、恨めしく思うのは当然だと思うのです。なにせ、私は久菊さまとも、菊臣さんとも、藍一郎さんとも、血を分けていません。全く知らない他人なのです。それが自分の家を継ぐといっているのです。それを黙って認められる者など、いないと思うのです」

 「僕は、」と菊臣さんの声が揺れる。「僕は、兄上がふさわしいと思います。宿の方のあやかしたちとの様子を見て、僕よりもうまく彼らに寄り添えると、彼らの自らに課した呪縛を解けると、そう思ったのです」

 そんなのは、私の才によるものではない。ただ、そういう血が流れているというだけだ。

 「僕にはとても、家とか後継ぎとか、わからないのです。長男がそんなに優れていますか、血の繋がりがそんなに大切ですか。家を守れぬなら、そこに生まれた男がそんな者なら、優れたほかの女性にでも引き渡すべきです。

……男が、なんだというのですか。男だからといって、家に対してなにができましょう。血の繋がりを持たぬ、慈愛に満ちた魂を持つ者に、なにができないのでしょう。どうして、どうして世はこんなにも哀しい掟に縛られているのでしょう。

ふさわしい者が、それを愛せる者が、長になればいいのです。それがどうして、どうして、……」

 菊臣さんの小さな体の震えているのに触れて、私はたまらずその小さな体を震わせる詛いのような世の掟と、それに対するあふれて止まぬ感情を抱きしめた。

 「兄上、」と呼ぶその全てを知った声に、「私は確かに、人間ではありません」と打ち明ける。

 幼い手が、私の服の肩の辺りを攫んだ。胸に埋められた小さな頭に手をのせる。

 「ああ……どうか兄上、……今後出会う、寄る辺なき魂を、」

 「ええ、私が」

 誓った以上は、もう二度とこの子を泣かすようなことがあってはならない。この兄弟の、呪縛を解かねばならない。