日没の近い頃、箒のあやかしと二人で玄関前の掃除をしていたところ、上の階の廊下から鳩司が降りてきた。やはり女性を抱えている。
どこへいくのかと見てみれば、出かけていたらしい寒菊さまが戻ったところだった。傘を差しているのは先ほど鳩司が運んだ女性だろう。
寒菊さまは真っ白な狼のような犬と、狐の尾を揺らす女性と歩いている。端にくっついている鳩司がいやに小さく見え、たまらず笑いそうになる。
近くまできた寒菊さまへ「お帰りなさいませ」と頭を下げると「本当、そういうのいいから」と困ったように笑う。
「若旦那さま、自信を持って下さい」と大きな犬がいう。
「あいにくこういうことは苦手でね」と寒菊さまが苦笑する。
「友達のようになりたいと思っているよ」
なにも返事は起きず、寒菊さまは小さく笑った。
「みんな、今日もありがとうね。お疲れ様、ゆっくり休んで」
寒菊さまの声を合図に、あやかしは皆「失礼します」と玄関へ入っていった。
「鳩司君もありがとうね」と、寒菊さまは彼の背に手を回した。鳩司は会釈して玄関へ入っていく。
少し沈黙が続いたので、「よくお出かけされるのですか」と尋ねてみた。
「探している人がいるんだ」と寒菊さまは静かにいう。
ふと旦那さまの言葉が思い出され、「仲間、ですか」と尋ねる。
「それもそうだけど」と歯切れ悪くいってしばらく黙ってしまい、それから、寒菊さまは「家族を」と呟いた。
「家族」
「生き別れた人がいるんだ。どうしても会いたくて、みんなにも協力してもらっている」
「藍一郎さまや、菊臣さまは?」
一瞬、寒菊さまはとても哀しい眼をした。それをなかったように、「二人は知らないんだ」とのんびりという。
「憶えておられない、ということですか」
寒菊さまはなにもいわず、淋しげに微笑んだ。
私は敷地に咲き誇る無数の菊へ眼をやった。「昨日、鳩司らと話したのですが」といってみる。
「こちらに菊が咲いているのはなぜですか」
寒菊さまは思い出したような顔をして腕を組み、小さく唸った。「僕も知らないね。寺があるからか、単に久菊の好きな花なのか」
あるいは丈夫だからかもしれない、と寒菊さまは明るく笑う。ぞっとするほど美しい笑みだった。
「ああ、こら」と弱々しい声がして、見てみれば玄関の先の廊下を、菊臣さまと小さな男の子が走っていた。
「しぎくはやんちゃでね」と寒菊さまが笑う。
私は寒菊さまの方を向き直り「紫色の菊ですか」と尋ねる。
「そう、紅蘭紫菊の紫菊。あの子は寺に奉納された刀でね。柄巻が淡い紫色なんだ、それはもう、紫色の菊花のような。そして美しい深紅の鞘に入っているんだ。そこから、あの子の本当の名は紅蘭紫菊。ちょっと長いんで、まず紫菊と呼んでいるけれど」
「へえ。しかし、藍さんよりも小柄ですね」
「おや、藍に会ったことがあるかい」
「昨日、箪笥を戴きに伺ったときに」
寒菊さまはそうかというように一つ頷いた。
「彼女は太刀、紫菊は懐刀なんだ」
「そういう小さな刀なんで、子供のような姿なのでしょうか」
「どうだろうね。懐に入るのがうまいんで、ああいう姿なのかもしれない」
「懐刀だけに」
寒菊さまはあまりうまくないとでもいうように、どこか自嘲気味に笑った。
どこへいくのかと見てみれば、出かけていたらしい寒菊さまが戻ったところだった。傘を差しているのは先ほど鳩司が運んだ女性だろう。
寒菊さまは真っ白な狼のような犬と、狐の尾を揺らす女性と歩いている。端にくっついている鳩司がいやに小さく見え、たまらず笑いそうになる。
近くまできた寒菊さまへ「お帰りなさいませ」と頭を下げると「本当、そういうのいいから」と困ったように笑う。
「若旦那さま、自信を持って下さい」と大きな犬がいう。
「あいにくこういうことは苦手でね」と寒菊さまが苦笑する。
「友達のようになりたいと思っているよ」
なにも返事は起きず、寒菊さまは小さく笑った。
「みんな、今日もありがとうね。お疲れ様、ゆっくり休んで」
寒菊さまの声を合図に、あやかしは皆「失礼します」と玄関へ入っていった。
「鳩司君もありがとうね」と、寒菊さまは彼の背に手を回した。鳩司は会釈して玄関へ入っていく。
少し沈黙が続いたので、「よくお出かけされるのですか」と尋ねてみた。
「探している人がいるんだ」と寒菊さまは静かにいう。
ふと旦那さまの言葉が思い出され、「仲間、ですか」と尋ねる。
「それもそうだけど」と歯切れ悪くいってしばらく黙ってしまい、それから、寒菊さまは「家族を」と呟いた。
「家族」
「生き別れた人がいるんだ。どうしても会いたくて、みんなにも協力してもらっている」
「藍一郎さまや、菊臣さまは?」
一瞬、寒菊さまはとても哀しい眼をした。それをなかったように、「二人は知らないんだ」とのんびりという。
「憶えておられない、ということですか」
寒菊さまはなにもいわず、淋しげに微笑んだ。
私は敷地に咲き誇る無数の菊へ眼をやった。「昨日、鳩司らと話したのですが」といってみる。
「こちらに菊が咲いているのはなぜですか」
寒菊さまは思い出したような顔をして腕を組み、小さく唸った。「僕も知らないね。寺があるからか、単に久菊の好きな花なのか」
あるいは丈夫だからかもしれない、と寒菊さまは明るく笑う。ぞっとするほど美しい笑みだった。
「ああ、こら」と弱々しい声がして、見てみれば玄関の先の廊下を、菊臣さまと小さな男の子が走っていた。
「しぎくはやんちゃでね」と寒菊さまが笑う。
私は寒菊さまの方を向き直り「紫色の菊ですか」と尋ねる。
「そう、紅蘭紫菊の紫菊。あの子は寺に奉納された刀でね。柄巻が淡い紫色なんだ、それはもう、紫色の菊花のような。そして美しい深紅の鞘に入っているんだ。そこから、あの子の本当の名は紅蘭紫菊。ちょっと長いんで、まず紫菊と呼んでいるけれど」
「へえ。しかし、藍さんよりも小柄ですね」
「おや、藍に会ったことがあるかい」
「昨日、箪笥を戴きに伺ったときに」
寒菊さまはそうかというように一つ頷いた。
「彼女は太刀、紫菊は懐刀なんだ」
「そういう小さな刀なんで、子供のような姿なのでしょうか」
「どうだろうね。懐に入るのがうまいんで、ああいう姿なのかもしれない」
「懐刀だけに」
寒菊さまはあまりうまくないとでもいうように、どこか自嘲気味に笑った。