どれほど歩いたか、華々しい絵の描かれた戸に突き当たった。

 「旦那さま方はこの先におられるのか」

 「そうだ」といってなんでもないように戸へ手を伸ばす鳩司に、美傘の言葉が頭の中にありながら「ちょっと待て」と声を投げた。

 「どうした」というと、鳩司は愉快そうに笑う。「伝書鳩には言伝を頼むものだと思い出したか」と。

 「こんな服でいいのか」家族のようなものだといわれても、繕いだらけの着物ではちょっと気になる。

 「問題ない」と鳩司はなんでもないようにいう。「汚れた鳩の亡骸を拾って下さるようなお方だ。見えるところよりも内側こそ美しくあるべきだ」

 「そう」と答えながら、その内側が痛む。私の内側は美しいだろうか。いや、とてもそうは思えない。私のそこは、この屋敷を蝕む悪意を飼っているのではないか。

 「気にすることはない、お綺は美しい」

 悪意が激しく痛んだ。「莫迦な」といった声が震えた。

 鳩司はそれをないように、戸を開いた。

 「鳩司さん」と落ち着いた声がして、見れば髪の長い女性がいた。

華やかな着物を纏い、一輪、菊の花を持っている。繊細さと強靭さを同時に感じさせる不思議な女性だ。眼が強く光を返す。

 その眼に「そちらの方は」と見られ、答えようとしたが「今日、久菊さまに会った者です」と鳩司が先に答えた。

 「あい、と申します」と彼女は優雅にお辞儀した。「藍色の藍と書きます。藍一郎さまに戴きましたの」

 私は「綺羅の綺と書き、あやと申します」と名乗った。

 「どなたに御用ですか」といわれ、「箪笥を戴きたく、参りました」と答える。

 彼女は一つ大きく頷くと、「それなら、大旦那さまにお話しするのがいいでしょう」と穏やかにいった。

 「けれど、随分古いものですよ」と眉を下げる。

 「いいのです、陽光に当てたくないものがあるだけですので」と答えると、「そう?」と彼女はいう。

 「大旦那さまのお部屋は、鳩司さんはわかりますね」といわれた彼は、「はい」と頷いた。

 女性はしなやかに会釈を残し、歩いていった。それを見送り、鳩司は「お美しいだろう」という。

 「こちらに奉納されている刀の一刀だ」

 「有名な刀なのか」

 「それがそうでもないようだ。あれほど美しいのに。この寺も、名が知れているわけではないからな」

 「こんなに大きいのに?」

 「ここは寺が宿をやっているというより、宿が寺をやっているようなものだからな」

 「そうなのか。旦那さまは寺と宿をやっていると仰っていたのだが」

 「世は人間のものだから。久菊さまにとっては、俺らのような魂を鎮めることが本職なのだ」

 私は藍さんの歩いていった方を見てみた。薄暗い廊下が続くばかりで、なにも見えはしない。