「箪笥を乞うてくる」と告げて、私は腰を上げた。美傘は「それなら鳩司を連れていくといいわ」という。「力があるから、役に立てるわ」と。

 戸の前で「鳩司」と呼びかけると、彼はすぐに隔たりを取り除いてくれた。

 「言伝なら承ろう」

 「旦那さま方のところへ、物乞いにいく」

 「わかったよ」と鳩司は呆れたようにいった。「どうせ美傘のせいだろう」と。

 「なにかあったら呼べといわれたものだから」

 鳩司はなにもいわずに苦く笑って幾度か頷いた。

 廊下を歩き始めて程なくして、「美傘は元気か」と彼はいった。

 「気にするのならいわなければよかったものを」

 「美傘が傷つくのはわかっていた」

 「酷いことをする」

 「俺はなにも、美傘の過去に拘っているわけではない。美傘が今ここにいてくれればそれでいい」

 「それでもあそこに触れるほど、藍一郎さまについて話したくなかったのか。それは私に、美傘に?」

 鳩司はなにもいわなくなった。

 「美傘は元気だ」と私は伝えた。しかし他者の胸の中などわかるものではなく「と思う」と付け加える。世は魂で作られている。感情はおおよそ顔色に出るものだけれども、その全てを読み取るのは易くない。

 「鳩司は美傘が好きか」

 彼は「変だろう」と短く認めた。

 「俺は動物だが、美傘は違う」

 「私は父の刀を愛している」

 「それはお父上が持っていらしたからだろう。刀そのものをというのとは違うのではないか」

 「では鳩司は、美傘と、それぞれ美傘として鳩司として出会っていなくても、美傘というあの一本の傘を愛したか。美傘の魂を愛しているのだろう。宿るものがなんであれ、魂は動物だ」

 「珍しい人間だな」と鳩司は笑った。「お綺は変わっている」と。

 「魂を慈むことのできるのを、どうして恥じる」

 私は、父を慕い、彼の立派な背を追ったことを恥じたくない。誰にも否定させたくない。笑いたければ笑えばいいと、大人にはなれない。

 なにか激情が湧いてきて、私はぐっと手を握る。「誇りに、思いなさい」

 鳩司はふうと息をつき、「人間の小娘が偉そうに」と弱く笑った。