「ねえ、これ、梨乃に絶対似合うって」
 涼夏が梨乃の前髪に、ポップな色のついたピンを当てる。
「え?」
「前髪、伸びてきてたじゃん」
「え、マジで? ああ、確かに・・・・・・」
 ひょいと上目遣いで前髪の伸び具合を確認した。若干目に入り始めている。本人が気づかないことまでいち早く気づくのが涼夏だ。
「買お買お!」
 今日はシェアハウス五人で、ショッピングである。とは言っても、雅の具合がいい休みの日に、強引に連れ出されただけなのだが。
「小夜も、ほら」
 鎖骨くらいまでの髪を結ぶシュシュも選んでくれる。この店にはたくさんの種類があって、雰囲気で棚ごとに分けられているほどだ。
「これはないね。子供っぽい」
「幼稚園児がつけてそうだよね」
 梢と雅が、ハートやフリルがいっぱいあしらわれたシュシュをばっさり切り捨てる。
「これもなんか違う」
 梨乃が続いて、鮮やかな黄色や赤などのビタミンカラーの棚も切り捨てる。
「ここら辺は?」
「んー、なんか、涼夏っぽい。もうちょっと柄入ってる方がよくない?」
 無地で大人しめの色の棚を見て、雅が首を振る。黒や藍、紫などは確かに涼夏に似合いそうだった。
 皆が一生懸命考えてくれているのを見て、嬉しくなりながらも、小さな罪悪感が胸を掠める。あの涼夏の告白が無駄にならないように、少しは部屋から出るよう努めた。だいぶ馴染み始めているのも事実だ。
 でも、薄いようで分厚く高い壁がずどんと立っているのは否めない。
「これは? パステルカラー」
「あっ、いいじゃん。この青は梢に合う」
 青というよりは水色なのだが、梨乃はそれを梢の髪に当てて、それから、高く結んでいるゴムの上からくくってみる。
 涼夏も、優しい桃色のシュシュを手に取った。
「いいね。梨乃ちゃんにはこれだね、ピンク」
「やだよお、あたし髪茶色いし、なんかのチョコ菓子みたいになるじゃんか」
 元気に梢が笑いながら、梨乃によって置かれたそれを再び手に取った。
「いいじゃんそれ」
「いっそのこと、お揃いで買おうよ!」
 涼夏が提案して、梢がそれをまとめ始めている。
「私は水色ね。梨乃はピンク」
「あたしピンクで決まってるの!?」
「そうそう。アポロちゃん」
「変なあだ名つけるな」
 不満げに梢を睨んだ。
「いいじゃん。で、小夜は黄色〜。涼夏は緑かな。雅は白!」
 薄めの黄色、緑、クリーム色をぽんぽんと手にとっていく。
「微妙に小夜と雅にてるけど、いっか」
「気にしなよ・・・・・・」
 大雑把な梢の発言に、アポロちゃん、もとい梨乃が力なく突っ込む。
「あ〜、お腹すいたっ」
 梨乃をスルーして、それこそまるで幼稚園児のように梢が叫ぶ。
「一階上に、フードコートがあるから席取っといて。そろそろ混んじゃうし」
「あたしと涼夏がお会計しとくから。あ、あとでしっかりお代はもらうんでっ!」
「でっ!」
 涼夏が梨乃の口調を真似て、敬礼した。高二と高三の保護者二人がレジへ向かう。
 子供組は、楽をしようと緩みに緩んだ怠慢な心でエレベーターに向かいかけたが、今日は休日なこともあって人が多い。
「エレベーター混んでるなあ・・・・・・エスカレーターでいっか」
 雅がぼそっとつぶやいて、他二人の声のない同意とともにエスカレーターへ向かう。
 このショッピングセンターのそれは、上下のエスカレーターが交わっている、子供がワクワクするような造りのものだった。実際、交わる点で子供が向こう側の手すりに手を伸ばして、お母さんに、こらやめなさいと手をはたかれている。
 三人はエスカレーターに乗って、フードコートに向かう。
 最前列に立つ、雅の髪の毛が不自然に揺れた。
 下りのエスカレーターを見つめていたのだ。同い年くらいの女の子たちのグループの中の一人を。
 相手の子も、トークをやめて、一瞬怯えたような視線を交える。
 先に視線を外したのは、雅だった。
 んん・・・・・・?
 ふと違和感を覚える。
 後ろに立つ梢は気づいていないみたいだったけど、この子も涼夏同様、なにか隠している。
 かすかに震える背中を見て、心の中で思う。
 責めるつもりはないし、小夜がなにも言わない限りはこの心の中にそびえる壁は消えない。だからその怯えるような視線は、そうっと胸の奥にしまうことにした。
              ✳︎ ✳︎ ✳︎
 なんてカッコつけたけど、気になるっ!
 フードコートで、空っぽのうどんのお椀を前に、小夜は、外からはそれとわからないように、こっそり考え込んでいた。
 涼夏は大きめのオムライスを。梨乃は味噌ラーメンを。梢はなんだかよくわからない中国料理を。雅は小さめにしてもらった親子丼を。それぞれちょっとずつ会話を挟みながら、ゆっくり食べ進めていく。
 その様子を横目に見ながら、さっきの雅を思い出す。あれは、誰だったんだろうか。ちらちら、気づかれない程度に見つめる。
「ん? どうしたの、顔色悪くない?」
 先ほどからの雅の異変に、ママ・涼夏がいち早く気づいた。
 口数も少ないし、うつむき気味の顔に長い髪がかかっている。箸もそんなに進んでいないようだ、ちっとも小さい丼からご飯が消えない。
「ううん・・・・・・そんなことないけど」
 答える声も元気がない。
 さっきの人と会ったことが、なにか関わっているのだろうか。
「えー、今日は調子よかったのになあ」
 あ。
 梨乃の、不満という皮に隠された心配の言葉に、ぴんとくるものがあった。あんまりに他の人に馴染みすぎて、この人が、特別な境遇にあることを忘れていた。
 雅は、いじめられっ子だったのだ。
 もしかしたら、あの人と同級生で、いじめられていたのかもしれない。いや、絶対そうだ。
 でも。
「そうだね・・・・・・おかしいな」
 雅のぎこちない返事が頭にぼんやり響く。
 そうだ、おかしい。
 なぜ、相手の子はあんなに怯えた視線で見つめ返したのだろう? 今覚えた違和感は、それだった。
 自分がいじめていたことが他の子にバレるのが、怖かったからか? 一度ふと考えて、それから、それはおかしいと否定する。
 いじめていたくらいなら、無視するくらいお手の物のはずだもん。
 深く考え込んでいたからか、横に人が立ったことに気づかなかった。
「ね・・・・・・ねえ、もしかして」
 聞き覚えのある声。ぞわりと全身に鳥肌が立った。
 とにかくここから逃げ出したくて、聞こえなかったふりで、お盆をもって皆に声をかけた。
「ごめん、食べ終わったから返却口に返してくるね」
「あ、おけおけ」
 逸らすように立ち上がった小夜に、梨乃が顔を上げて、手を振った。
 それから口元にちゃっかり汁をつけていたことを涼夏に冷静に指摘され、机に置かれたナプキンであわあわと拭いている。
「え、やっぱり・・・・・・」
「あ、すみません」
 相手の声をさえぎり、返却口へ急ぐ。
「えー、小夜じゃなかったのかなー」
 大正解だけど、正解しちゃいけない問題だ。不満げな声に、小夜は眉をぎゅっとしかめた。