ラルフの処遇を決める議論は混乱を極めた。
特に人質交換に賛成派であるビッツ伯爵と慎重派のクロービス男爵に対立は顕著だった。
「人質交換には応じるべきだ!!ラルフ殿下以外にレジランカ騎士団を任せられるか?ラルフ殿下を失うことはリンデルワーグにとって大きな損失である!!」
ビッツ伯爵は会議場全体に響き渡るよう声高に叫んだ。
「サザール平原はリンデルワーグ北部の麦の収穫の半分を占める大穀倉地帯である。マガンダに渡せば多くの民が今年の冬は越せぬ。ビッツ伯爵はそれでも良いと申すのか?」
クロービス男爵が極めて冷静に言い返すと、ビッツ伯爵はうぐっと言葉に詰まった。
ビッツ伯爵はラルフの身を案じているわけではない。
交換を主張することで、ラルフが生きて戻ったあかつきには手柄を独り占めし媚びを売るのが目的である。
国家の危機が迫ろうという時に、己の権力欲を満たそうと動いているようでは閣僚失格である。
(これでは、議論にならぬ……)
議会の進行役を担うロウグ大臣は頭を抱えていた。
頼みの綱であるエルバートは上座から二人の議論を黙って見つめるばかりで一向に口を出そうとしない。
ロウグ大臣にとっては、それが余計に恐ろしい。
どちらの言い分にもそれなりに理はあるが、つまるところエルバートにしか決定権はない。本来エルバートには他者の意見を傾聴する必要などないのだ。
「それで、どうするか結論は出たか?」
エルバートが沈黙を破ると会議場は水を打ったように静まり返った。
「お前達が何かにつけてラルフの肩を持とうとしていることは私とて知っている」
ギクリと肩を揺らしたのは一人や二人ではない。国民から絶大な人気を誇る騎士団の団長、現国王の血を引く王族は出世の道具とするには都合良い存在だった。
ラルフが浮世離れしており、一見しただけでは何も考えていない無能のように見えることも臣下の冗長に一役買っている。
「ちょうど良い機会である。日和見は終わりだ。今ここで私かラルフか、どちらにつくか選べ」
エルバートの発言に会議場がどよめいた。
フリント国王の臣下達が玉石混交であることはエルバートもよく知っている。しかし、エルバートは己が政治の実権を握るようになってからも、国王が与えた役職はあえてそのままにしていた。
わかりやすく反発する者、密かに廃嫡を画策する者、フリント国王の陰で甘い汁を啜っていた者。
これまではお目こぼしを与えていた連中に対し、エルバートは己に恭順の意思を示さなければ切り捨てると言っているのである。