リンデルワーグ王国の現国王には王妃の生んだ3人の王子、そして愛妾が生んだ王子と姫、計5人の子供がいる。

リンデルワーグ王国ではたとえ愛妾が生んだ子供でも王位継承権が保障されており、現に第4王子のラルフも王位継承順位を記す書簡にきちんとその名前が記録されている。

しかし、それは表向きの話である。

法の上では平等だがその実、世子と庶子には大きな溝があった。

「愛妾と庶子がこの王城でのうのうと暮らしているなんて虫唾が走る」

国王の正妃、アイリーン王妃はリンデルワーグの東国にあるライルブル皇国の出身の王族である。

ライルブル皇国の現国王の妹として、リンデルワーグでも上にも下にも置かない扱いを受けてきた王妃にとって、たかが子爵の娘である国王の愛妾と庶子の存在は屈辱以外のなにものでもなかった。

身ひとつで異国に嫁ぎ、恭しく国王に尽くしたのにも関わらず、取るに足らないちっぽけな小娘を後生大事に抱える国王への不信感は容易く拭えるものではなかのだろう。

王族としての誇り、女としての誇りをズタズタに引き裂かれた王妃の矛先は当然国王ではなく愛妾とその子供へと向いた。

「二度とその薄汚い顔を見せるな!!」

そうヒステリックに王妃に叫ばれ逃げるようにしてラルフ達親子が王城から離宮へと住まいを移したのは彼が10歳の頃である。

当時、妹はまだ生まれたばかりの乳飲み子であった。

離宮は王城から馬で1日の距離ではあったが、ろくに手入れもされていない廃墟同然でありとても親子で暮らせるような場所ではなかった。

王位継承権は保証されてはいるものの、母親の生家が子爵家ということもあり親類からの支援も見込めず自らの待遇への不満を零すことも許されない。

前日まで柔らかい寝台で寝起きし温かい料理を食べていたラルフは目の前の固いパンを必死に齧りながら、子供心に世の理不尽さを思い知った。

幸いなことにラルフの母のアリスは明るく呑気な性格で与えられた環境を不自由とも思わっておらず、「なんとかなるわ」といつも朗らかに笑っていた。

妹のエミリアも心優しき素直な性格に成長し、王妃に睨まれながらも身を粉にして働く身の回りの者にいつも心を砕いていた。

その2人に囲まれたおかげかラルフは庶子だからといって性根が腐ることもなく、心身ともに健やかに育った。

自分にとって家族は母と妹だけで良いと割り切ったことで円満な父子関係への望みが自然と断ち切れた。

幼少期から剣の腕だけは鍛えられていたので、お陰様で身の振り方に困ることはなかった。

16歳になり成人となると共に騎士団の門戸を叩いたのは決して、父親への反発心からではない。

腕を磨き寝て食べてはまた剣を振り、紆余曲折を経て団長にまで上り詰めたラルフにはもはや王子としての身分に未練などなかった。

その平穏な生活をぶち壊す知らせが届いたのは、たらふく昼飯を食らった後のことだった。