幸先の悪いことに翌日はラルフの心中を表したような曇天だった。
ラルフはロンデに跨り、玉石街の端にある騎士団の詰所から王城のある内壁まではるばるやってきた。
詰所から見える遠景では単に古めかしい建造物というだけで何の感慨も湧かないが、間近で見るとなると王城を守るように堅牢な内壁に囲われたその様は四方の国に虚勢をはるリンデルワーグ王国そのものにも思えた。
石と歴史を幾重にも積み上げ王城は今日もラルフを冷たく迎える。
ラルフが正面の門前まで近づくと警護の門番はすぐさま気がつき揃って跪いた。
リンデルワーグの王城には跳ね橋や壕はない。その代わりに3つの城壁が守りの役割を果たしている。内壁の内側にあるのは天守と政治に必要な諸機能、王族の居住塔のみであり、レジランカ自体が大きな王城のようなものなのだ。
「ラルフレッド殿下、本日はいかような御用でしょうか?」
本来、王族が己の居城に立ち入るのに許可は要らぬはずだが、ラルフに限っては用件を伝える必要がある。
「登城せよとのご命令である。通せ」
誰の命令かとあえて聞く者はいなかった。庶子とはいえ王族のラルフに命令できる者など数は限られている。
書状を渡したのち、門番から開門が告げられる。
呼び出された側の礼儀として正面から内壁の中に入ったが、特に出迎えがいるわけでもなく寂しい入場となった。
ラルフはロンデを厩に預けると、案内もつけずに早足で王城の中を歩いて行った。
知り合いに出くわす前にややこしい用事を先に済ませてしまいたい一心で、謁見室まで脇目を振らずに歩いていく。
王城では殊更王族らしく振舞うことが求められるので気安く誰かに話しかけない。
それは実の親子である国王と王子の間柄でも例外ではない。
実際のところラルフは王城にいた10年の間に父でもある国王と季節の挨拶以上の会話をした記憶が殆どない。
自然あふれる田舎の離宮に慣れ親しみ母と妹と肩を寄せ合いのびのび暮らした今なら、それが寂しいことであるのがよくわかる。
無駄に長い廊下を歩かされた挙句ようやく謁見室に辿り着くと、控えの間でしばし待機させられた。
何度目かわからぬため息を吐いたところで今度は中に入るよう促される。
謁見室にあるのは煌びやか意匠の玉座のみである。
ラルフは固い地面に片膝をつき首を垂れると、遅れてやって来る国王をひたすら待った。
入り口の扉が軋み衣ずれの主が玉座に収まると、もったいぶった口調でこう言った。
「おもてを上げよ」
命令を聞かぬことは許されず、ラルフは顔を上げた。
「久し振りだな、ラルフ。息災であったか?」
本来なら謁見室において直答は許されないはずだが、先に禁を破ったのはあちら側である。
「兄上こそお変わりないご様子でなによりです。義姉上もお元気でしょうか?」
玉座に座っていたのは国王ではなく、ラルフの兄でありリンデルワーグ王国王太子のエルバート・リンデルワーグであった。