「ですから……そのご主人からの、暴行という証拠がなければ、何とも……」

千夏が、警察署に戻ると、相談窓口の職員が、困った顔をしながら、30代位の女性の相談を受けていた。

女性の顔に目立った傷跡はないが、この真夏に、薄手の長いカットソーに、足首まで隠れるロングスカートを履いている。

人間が、真夏に肌を見せない理由としては、日焼け防止が、ほとんどだが、考えられる理由は、もう一つある。

ーーーー誰かしらの暴力により、消えない傷が体に刻まれている場合。

人は本能的にそれを隠そうとするから。

千夏は、スマホでメールを確認するフリをしながら、職員と女性の会話を盗み聞く。

「証拠と言われても、とても録音したり、盗撮なんて……怖くて……できません……お願いです、助けてください」

「必ずではありませんが、被害届を出して頂けたら、被害内容により、捜査も可能ですので」

女性の体が、小刻みに震えていく。

「被害届なんか出したのがバレたら……主人に殺されるかもしれません……」

「でしたら……あとは、裁判所に調停を申し立てて、協議離婚されるか……」

「今すぐ、逮捕しください。離婚したいんです……このままじゃ……」

女性は、体を両腕で抱えるようにして、俯きながら、声は、涙声だ。

「申し訳ありませんが、今すぐにという、そのご要望には、お応えすることができません……」

同情の眼差しを向けながら、職員が頭を下げると共に、女性は、目元を、拭いながら席を立った。