ーーーー閑静な住宅街の一室。

「ごめんなさい、ごめんなさいっ」

呪文のように繰り返し言葉を呟く田辺亜由(たなべあゆ)に、目の前の男の掌は、容赦なく亜由の頬を殴りつける。 

目の前が一瞬白くなり、口内は血液の味が充満して吐き気がする。何度も蹴られた身体は痛みを通り越して、意識が朦朧としていく。 

「亜由、何で分かってくれないんだよっ」

最後に亜由の腹に蹴りが入れられた。  

「ぐっ……うっ……」

咳き込んで吐き出した唾液は赤く染まっている。 

「亜由、何でだよっ、何で浮気なんてすんだよっ」 

ぐわんぐわんと回る視界を眺めていると、亜由の長い髪の毛を鷲掴み、夫の和樹(かずき)と目が合わされる。

「ごめんなさい……もうしないから」

ーーーーもう何度目だろうか……。こうやって、和樹にやってもいないことで殴られ、蹴られ、そして謝罪するのは……。

「和樹……愛してるから……」

和樹の血走っていた瞳と、亜由を殴りすぎて、肩で呼吸していた和樹の様子が、この言葉と共に変わっていく。 

「亜由……俺こそ……ごめんな……亜由に怪我させて」

和樹が、ようやくコワレモノを扱うかのように、亜由を抱き寄せて、引きずられて乱れた髪の毛を手櫛で優しく整えていく。