その夜、なかなか眠れなかった来未は、二階の窓辺から夜空を眺めていた。

今夜は、雲ひとつない。月が穏やかな橙色を仄かに放ちながら、星達がまるで花火を散らすようなに瞬いている。

「遅いな……」 

「誰が遅いって?」

誰にも拾われるはずのない言葉の返事がすぐに返ってきて、体がビクッと震えた。

不意に後ろから聞こえた、聞き慣れない声に来未は、ゆっくり振り返った。 

「だ……れ?」

音が全くしなかった上に、来未はずっと、二階から家の前を見つめながら、花灯が帰るのを待っていた。 

「アンタが迷い猫?」

身体は、金縛りにあったかのように動けない。

マスク姿の男は、ゆっくりと部屋の中に入ってくる。その足音もまるで音がない。男は不愉快そうな口調で、動けない来未の前にしゃがみ込んだ。

「名前、聞いてんだけど?」

「あ……あなたに言う名前なんてない」

咄嗟にそう答えた。相手はどうみてもまともな人間じゃない。仮にも自分は、犯罪を犯した過去がある。自分の名前を言うことで、此処に置いてくれている、花灯に迷惑がかかってはいけない、そう思った。

そもそも、どうやってこの家に入ったんだろう。目の前の男は模範的な二重瞼をにこりと細めてみせた。黒のマスクで、目から下は見えない。

「裏口、ちゃんと締めとかなきゃな」

思わず顔にでた。