文香は、マンションに着いて三階まで非常階段で上がると、家の前にしゃがみ込んでいる女を睨みつけた。

万が一の為に、セキュリティの甘い、防犯カメラが少ないマンションにしておいて正解だった。

マンション裏の非常階段使えば、文香がマンションエントランスの防犯カメラに映り込むことは、まずない。

章介に話した、今夜は実家に泊まる話とも辻褄があう。

文香はドアノブの鍵を回し、黙ったまま家の中に入った。女は、扉が閉まる直前で滑り込むように入ってきた。

「相変わらずね」

指紋をつけないようにだ。

「アンタもね」 

女は、肩までの髪を綺麗にキャップに仕舞い、ジーンズにこの真夏に長袖白シャツだ。

晒しをまいているのだろう。ぱっと見は男か女か分からない。

「何の用?」

どうせ何も飲まないと分かっている、文香は自分の分の麦茶だけ入れて、女の真向かいに座った。

大樹(たいき)を探す手伝いをしてもらう」

女は沈着冷静な口調で、無表情で文香に言葉を吐いた。

「……っ、今更何?知らないし、そもそも、あなたとの契約は終わった筈。私は無関係。
大樹の尻拭いを、あなたがしただけ」

文香は、飛び出そうな心臓を抑え込む。声が震えないように。

「これ、まだ持ってたんだよね」

女が、愉快そうに唇を持ち上げた。文香の瞳がこれでもかと見開かれる。

「それ……壊れて…処分した筈……」

黒い瞳に黒髪がふわりと揺れて、微笑む彼女の顔が蘇る。誰からも好かれる、優しく穏やかな性格と整ったお人形みたいな綺麗な顔。妬ましくて、ずっと忘れたくて、大嫌いな顔。

「そう、念のため、アンタに言われて持ち帰ったけど捨てずに置いておいたの。念のため。で、直せちゃったんだよね」

女は、ペロリと舌を出した。