「さ、僕も仕上げていこうかな」

自身のキャンバスに向かっている梨紗の顔が見えるように、椅子を移動させると、蓮がキャンバスに向かう。

蓮は、デッサン画が得意だ。

モデルは梨紗だった。恥ずかしいからと何度も断ったが、どうしてもと、蓮は譲らなかった。

「蓮、さっき、少し見せてもらったけど、やっぱ恥ずかしいな」 

「そんなことないよ、梨紗は、僕が描くよりも、もっと清廉で、誰よりも綺麗だよ」

梨紗は立ち上がると、蓮の横に立って、キャンバスを覗き込んだ。

左手で器用に筆を持ちながら、キャンバスの中の梨紗の首筋に、淡いピンク色を乗せているところだった。

蓮の左手を撫でるように、そっと梨紗は掌を重ねた。

「ごめんね」

蓮が、驚いたように梨紗を見た。

「何?子供の頃のこと、まだ気にしてたの?」

いつだったか、幼い頃蓮と二人で花火をした。初めての花火はとても綺麗で、パチパチと爆ぜる火花から目を離せなくて、隣で笑う蓮の笑顔が大好きで、子供ながらに見惚(みと)れてた。

線香花火をしていた蓮に、梨紗は綺麗に爆ぜるススキ花火を見せたくて、肩を寄せた時だった。

「熱っ!」

左利きの蓮の手に、右利きの梨紗の花火が当たって、蓮を火傷させてしまったのだ。

すぐに冷やしたけれど、結局、火傷の痕は消えなかった。蓮の焼き(ただ)れた左手の痕は、梨紗の心の中に似ていた。

花火の火の粉のように、赤く(ただ)れた蓮の左手を見るたびに、梨紗は、いいようのしれない焦燥感に駆られていた。蓮の火傷の痕が、罪を犯した人間の焼印に見えて。

「おいで、梨紗」

蓮は、梨紗を抱き寄せると、形の良い薄い唇で梨紗の首筋に、淡い花びらの痕を残した。

そのまま、二人は、当たり前のように唇を重ねる。ゆっくりから、深く、お互いの思いを確かめるように。


リリリリリン、リリリリンーーー

ふいに鳴り響いたスマホの音に二人は振り返った。

「梨紗のスマホ?」

「うん……誰だろう」

「出てごらんよ、僕もついてるし」

梨紗は、見たことのない番号からの電話をタップすると、スマホを耳に当てた

「もしもし、〇〇警察の△山ですが、田中梨紗さんの携帯電話でしょうか?」

梨紗のスマホを、握る手は、カタカタと震えていた。