従業員出入り口から、伺うように出るが、西川の姿はもうなかった。

生ぬるい、まとわりついてくる夏の風に文香が、さっきの電話の声の主を思い出すと同時に、スマホがポケットで震えた。

恐る恐るスマホをタップする。

『やっぱり、少しだけ会える?』

文香は、章介からのラインのメッセージを睨むと、『ごめん、友達と約束』と入力した。

『もうすぐマンションなんだけど?』

(ふざけないでよ)

文香は、すぐに液晶画面に浮かんだ章介の電話番号をタップする。

『あ、文香?もうすぐマンションなんだけどさ』 

呑気な章介の声に苛立つ。

「友達と約束なのっ、今日は帰って」

『何?……珍しいな、そんな焦った声……まさか男?』

(そうだったらどんなにいいか、とにかく章介と会わせたくない、誰にも見られる訳にはいかない)

「……そんなわけないじゃない……じゃあ、本当のこと言うわ、パパに今から章介のこと話しにホテルディナーなの」

『え?マジで、……』

唇を、持ち上げた章介の顔が手に取るようにわかる。馬鹿な男。部長の娘ってだけで近づいて。アンタなんて、ただの嫉妬の火種なの。

「今日は実家に泊まるから、また連絡するね」

『うん、文香、好きだよ』

「またね」

文香は、スマホの通話ボタンを乱雑に切ると、奥歯を噛み締めながら、少しだけ見えてきた自分のマンションを睨み上げた。