「夜ご飯だけだと時間持て余しちゃうので、洗濯とお掃除しても……」

「嫌じゃないなら」

特に花灯から否定の言葉がなかったので、来未は、夕食と、掃除、洗濯をしている。

来未は、小さな台所に向かうと、この間、商店街で買ってきたルイボスティーを急須に入れた。少し蒸らしてから、グラスに氷を入れて注ぐ。

来未は、グラスを2つ手に持つと、事務所にしている和室で、木製のちゃぶ台に胡座をかきながら、パソコンに向かう花灯の横に置いた。

「有難う」

一瞬こちらを見て、すぐに視線はまたパソコンに戻る。

来未は、自分の分のグラスを花灯とは反対側の席に置くと、一口飲んだ。

庭のモミの木には、セミが鳴いている。来未は昔からセミが嫌いだった。

長く暗い土の中に暮らし、光の世界に這い出たと思えば、届きもしない太陽に向かって、ただ命つきるまで泣き叫ぶだけ。そんな一生を繰り返すなんて拷問以外何でもない。

何も感じられないまま、何も得られないまま、何の幸せも感じられないまま、ただ死んでいく。まるで自分をみているようだ。

「嫌いか?」

ふいに投げかけられた言葉に、一瞬息が止まり、その言葉が自分に向けられたものだと気づく。

「嫌いです」

自分でも思っていたより、強い口調になってしまった。珍しく、花灯の視線が、来未に向けられる。

「セミにも人間と一緒で種類があるんだよ」

「種類?」

「ただ五月蝿く無駄に欲望のままに泣き叫ぶセミと……短い命を悟り、真実を叫ぶ、セミがいるのさ……人間に、善人と悪人がいるようにね」

カランと氷が鳴って、花灯が、グラスのルイボスティーを飲み干した。

「私は……どっちかな」

答えを、花灯に求めたつもりではなく、ただ、来未は、そう呟いていた。