思わず、両手を男の胸元に当てて、距離を取ろうとしながら、来未は、反射的に目を瞑った。
男は、来未の両耳から、すばやくイヤリングを取り外すと、ポケットに仕舞った。
「え?……何?」
「盗聴器」
「嘘……」
男が、珍しく笑った。
「デートなんだろ?付き合って1か月の男と」
愉快そうに、唇を持ち上げながら、慣れた足取りで、ビルの間の裏道ばかりを、渡り歩いていく。
「だって……急に言われても……」
波多野から、恋人との交際期間を聞かれて、来未は、咄嗟に、目の前の男と、暮らし始めた期間を答えていた。今朝、朝ご飯を食べ終わると、男に呼ばれて写真を2枚見せられたのだ。
一人は、先程の波多野文香、もう一人は若い男だったが、名前を教えてもらえず、わからない。
男から、髪を黒く染める様に言われ、頬を掻く仕草や、大人の雰囲気を醸し出しつつ、子供っぽさの残る女の演技をしながら、波多野と接触してこい言われたのだ。
藤野健斗の時に、他人の仕草や、話し方を変えることを、目の前の相手によって『演じるコト』を来未は、知らず知らずに身につけていた。
その事を男に指摘されて、今回の事を依頼されたのだ。
波多野文香との接触、職場での波多野の動向、人間関係、写真の男が、いま波多野が交際している男がどうかーーーー。
「あの……」
「何?」
男は、基本的に、会話の言葉が短い。それは、そういう人なのか、わざと必要なこと以外、話さない様にしているのか、来未には判断がつかない。
「どう、でした?」
「……どう?」
まさか、聞き返されると思ってなかった来未は、途端に恥ずかしくなった。
男は、振り向くことなく、黙々と前を歩いていく。
「ブルーでいいんじゃない?やるよ」
演技を、聞いたつもりだったのに、紙袋の中のスカートの色を答えた、男の背中を見ながら、来未は、さらに赤くなった。
「あの……えっと……有難う御座います」
名前が分からないから、お礼が、たどたどしくなる。
男の名前を、文香は未だに知らない。
何故だか聞いてはいけない気がしたから。
ただ、男は、文香を追い出す気がないのか、毎日、二人分の食事を作る。
また、藤野の事件の時に、家も持ち物も全て処分していた来未に、男は、押し入れから、女性物の洋服を数点取り出すと、来未に黙って渡した。
男は、気づいていたのかもしれない。
ーーーー本当は、命を断つつもりだったから。
男は、ようやく、来未を振り返った。
「花灯」
「え?」
「もう言わない。同居人の名前位、一回で覚えろよ、来未」
来未ーーーー同居人。
何故だかわからない。
名前を呼ばれたのと、同居人のフレーズに、心臓が一回、飛び跳ねた。
来未は、先へと歩いていく、花灯の寂しげな背中を、見つめながら、紙袋を握りしめて、追いかけた。
男は、来未の両耳から、すばやくイヤリングを取り外すと、ポケットに仕舞った。
「え?……何?」
「盗聴器」
「嘘……」
男が、珍しく笑った。
「デートなんだろ?付き合って1か月の男と」
愉快そうに、唇を持ち上げながら、慣れた足取りで、ビルの間の裏道ばかりを、渡り歩いていく。
「だって……急に言われても……」
波多野から、恋人との交際期間を聞かれて、来未は、咄嗟に、目の前の男と、暮らし始めた期間を答えていた。今朝、朝ご飯を食べ終わると、男に呼ばれて写真を2枚見せられたのだ。
一人は、先程の波多野文香、もう一人は若い男だったが、名前を教えてもらえず、わからない。
男から、髪を黒く染める様に言われ、頬を掻く仕草や、大人の雰囲気を醸し出しつつ、子供っぽさの残る女の演技をしながら、波多野と接触してこい言われたのだ。
藤野健斗の時に、他人の仕草や、話し方を変えることを、目の前の相手によって『演じるコト』を来未は、知らず知らずに身につけていた。
その事を男に指摘されて、今回の事を依頼されたのだ。
波多野文香との接触、職場での波多野の動向、人間関係、写真の男が、いま波多野が交際している男がどうかーーーー。
「あの……」
「何?」
男は、基本的に、会話の言葉が短い。それは、そういう人なのか、わざと必要なこと以外、話さない様にしているのか、来未には判断がつかない。
「どう、でした?」
「……どう?」
まさか、聞き返されると思ってなかった来未は、途端に恥ずかしくなった。
男は、振り向くことなく、黙々と前を歩いていく。
「ブルーでいいんじゃない?やるよ」
演技を、聞いたつもりだったのに、紙袋の中のスカートの色を答えた、男の背中を見ながら、来未は、さらに赤くなった。
「あの……えっと……有難う御座います」
名前が分からないから、お礼が、たどたどしくなる。
男の名前を、文香は未だに知らない。
何故だか聞いてはいけない気がしたから。
ただ、男は、文香を追い出す気がないのか、毎日、二人分の食事を作る。
また、藤野の事件の時に、家も持ち物も全て処分していた来未に、男は、押し入れから、女性物の洋服を数点取り出すと、来未に黙って渡した。
男は、気づいていたのかもしれない。
ーーーー本当は、命を断つつもりだったから。
男は、ようやく、来未を振り返った。
「花灯」
「え?」
「もう言わない。同居人の名前位、一回で覚えろよ、来未」
来未ーーーー同居人。
何故だかわからない。
名前を呼ばれたのと、同居人のフレーズに、心臓が一回、飛び跳ねた。
来未は、先へと歩いていく、花灯の寂しげな背中を、見つめながら、紙袋を握りしめて、追いかけた。