事務所のビルの屋上は、夏らしく、纏わりつくつくような、湿気を含んだ熱気が、夜風と共に身体をすり抜けていく。

無機質な外付けの鉄階段を、カンカンと登ってくる音がする。

奏多の手元の腕時計は、ちょうど19時。

意外と時間には律儀なんだな、それとも、契約が待ち遠しくて仕方ないといった感じか?

しゃがみ込んでいた、奏多に後ろから、声がかけられる。

「おう、奏多」

ガタイの良い腕を片方挙げながら、健斗が薄ら笑いを浮かべた。そしてポイと丸めた50万の束を奏多に投げた。

「いや、マジで、あんないい女、久しぶりだわ、今夜はたっぷり楽しませてもらうぜ」

「あぁ、眠らせたら、連絡するよ」

札束をポケットに押し込み、嫌悪感を精一杯隠しながら、奏多は笑って見せた。


「で?懐かしいな、何だ?花火?」

健斗が、奏多の横にしゃがみ込んだ。

「そ、よく大学のイベントサークルでやったよな、家の掃除で出てきてさ、思わず持ってきた、ちょっとだけやらね?」

健斗が、あらかじめ広げて置いたスーパーで買った花火をいじりながら、白い歯を見せる。

「そうそう、で、酒に酔った女、持ち帰ったりして、あの頃は良かったよな、簡単に女持ち帰れてさ」

ヒヒヒッと下品な笑い方を、しながら、健斗が花火を手に取った。

「じゃあ、一本だけ」

奏多が、健斗の花火にライターで火をつける。

そして、すぐに、紙袋から奏多もスパーク花火を取り出して火をつけた。


健斗と奏多の周りがあっという間に白い煙に覆われて、跳ね上がる火花と共に、あの日の夜の隠されていた、ビジョンが、鮮明に映し出されていく。