「ただいま」
玄関扉を開けながら、雑にネクタイを緩めた奏多に、来未が駆け寄ってきて、抱きしめた。
「おかえりなさい」
既にシャワーを浴びた来未からは、石鹸のいい匂いがする。
「ご飯できてるよ」
「ありがとう、腹ペコ」
「だと思った」
目を細めてニコッと来未が笑うと、幸せな気持ちになる。
「頂きます」
奏多は、スーツのジャケットを来未に渡すと、テーブルに準備された、親子丼に箸をつけた。
(親子丼か……)
来未の背中を見つめながら、わからないように溜息を吐いた。
来未は、ジャケットをクローゼットに掛けると、奏多の前に座り、コーヒーを淹れたマグカップを持ち上げた。
「おいし?」
普通の親子丼と違って来未の親子丼には、鶏肉、青ネギ、玉ねぎ、そして人参が入っている。
「あぁ、……美味いよ」
健斗は親子丼が苦手だ。味の問題じゃなくて、思い出すから。
ーーーー由奈を。
『人参入れると、彩りがいいでしょ?』
そんな声が、天井から聞こえてきそうだ。
「奏多?大丈夫?」
来未が、洗い立てのふわふわの髪を揺らしながら俺を、心配そうに覗き込んだ。
「健斗のことだよな、平気。大学の時からの付き合いだし」
「心配で……谷部課長の奏多への態度、異常だよっ、人事に言った方が良くない?」
「いや、大丈夫だよ」
人より顔が優れているだけで、学校の、成績もさほど良くなく、抜きん出た特技もない奏多は、就職活動もうまくいかず、結局、健斗の会社に入社した。
奨学金の返金もまだ200万残っている。仕事は辞められないし、決まった給料が手に入る正社員の仕事を手放す訳にはいかなかった。
「でも……私のせいだから」
来未が、長い睫毛を伏せた。
「来未のせいじゃないよ」
「……一度くらい食事なら行ってもいいんだよ?」
「ダメだ!……来未は、何も心配しなくていいから……」
奏多は、気がつけば、来未の小さな掌を握りしめていた。
「……居なくなってくれたらいいのにね……」