「美味しかったね」

「また来ような」

由奈は、ファミレスで680円のオムライスを、食べおわり、店を出ると、奏多の手を繋いで、にこりと笑う。肩までの黒髪を夜風に揺らしながら、奏多をみて無垢に笑う。

別に本気で好きな訳じゃない。今、一番お気に入りなだけだ。奏多は、何度も自分に言い聞かせていた。

今まで知り合った女の誰よりも、優しくて、笑顔が可愛らしくて、一緒にいてほっとする。

(女なんて、また……探せばいいだけだろう)

ごくりと生唾を飲み込みながら、コンビニでいつも通り、缶チューハイと朝食のパンを買うと、奏多は由奈の手を握りしめて、自分の家の玄関扉を開ける。

由奈は、慣れた様子で靴を脱いで揃えると、奏多の部屋に置いている、部屋着を持ってシャワールームへと向かう。

「お風呂借りるね」

「うん、ゆっくりでいいから」

由奈が風呂に入ってる間に、奏多は、言われたとおりに手順を、踏んでいく。
ガチャリとシャワールームの扉が開いて、由奈がタオルで髪を拭き上げながら、奏多の立っているキッチンにやってきた。

「奏多、おまたせ」

「全然、はい、これでも飲んでて」

健斗に言われた通り、プルタブを開けて、粉薬を入れておいた缶チューハイを由奈に手渡す。

「ありがとう」
由奈が、ニコッと笑って、奏多の胸は潰れそうに痛んだ。

(……もう今更後戻りできない……)

奏多も入れ違いでシャワーを浴びるが、途端に動悸がとまらない。何度も深呼吸をした。

シャワールームから出ると、由奈は、ちゃんと眠っていた。テーブルに転がっている空の缶チューハイを拾い上げると俺は、ベッドに由奈を寝かせた。

玄関扉を開けて、壁に寄りかかっていた健斗と入れ替わる。

「まちくたびれたわ」

欠伸をしながら、健斗がご機嫌で奏多の部屋へと入っていく。

「絶対、起きないんだろうな?」

「ちゃんと、眠ってただろ?」

健斗がニヤけながら、奏多のスウェットのズボンのポケットに、雑に束になった福沢諭吉をねじり込んだ。



『契約成立』

数時間後、健斗から、一言だけラインに連絡がきて、奏多は部屋に戻った。

ベッドシーツは乱れ、乱雑に積み上げていた、ベッド脇の漫画と雑誌が散乱している。

テーブルには、粘着テープが置き去りにされていて、奏多は、何ひとつ言葉が出てこない。

「……由奈?」

自分の声が震えてるのが分かった。

「由奈!」

静まり返った部屋の中で、転がったのは、ポケットからはみ出た、福沢諭吉の束と、奏多の涙だった。


ーーーーそのまま由奈は姿を消した。