パソコンのデスクに向かいながら、藤野奏多(ふじのかなた)は、斜め前で競馬新聞を、広げている、同期の谷部健斗(たにべけんと)を睨みつけた。

パソコンには、『50万 広瀬さん』とメールが入っている。送信主は、健斗だ。

奏多は、頭を掻きむしると、返信せずにメールを削除した。もう無視するのは、5回目だ。

ホワイトボードには、今月の目標未達成、藤野とデカデカと黒字で書かれた上に、赤字で給料泥棒と書かれている

ーーーー(七光のクソ野郎め)

「なぁ、今月も未達成は、奏多だけだぞー」

奏多は、課長代理と書かれた、親の会社で毎日、呑気に居眠りするか、競馬新聞を、見ているだけの、働いているというよりも、遊びに来ている、健斗の事を、心から軽蔑していた。

実際は、営業目標など、とうに達成しているが、健斗が全部自分の実績にしているのだ。

奏多は、黙って健斗を睨み上げた。

「何だ?その目?辞めさせてもいいんだけど?」

「……努力するよ」

「その努力じゃなくて、前と同じ契約してくれたらいいだけ、なんだけどさ」 

ーーーー契約……。

「できない……」 

「いつまで俺も我慢できるかな」

叔父が、経営してるとかいう、歯医者でホワイトニングしたんだろう。嫌味なほどに真っ白な歯をこちらに向けながら、いやらしく笑う。

その目線の先には、コーヒーを淹れている、事務員の広瀬来未(ひろせくるみ)の尻に向けられていた。

「谷部課長、どうぞ」

肩まで、ふわふわの茶髪にピンクのルージュが、よく似合う、事務員の、広瀬来未が健斗にコーヒーを差し出す。

「ねぇ、いつご飯いける?」

健斗が、来未の顔と形の良い胸を交互に見ながら、来未の腰に手を当てる。

「すみません……お付き合いしてる方がいるので」 

頬を赤らめて、そっと、健斗の手から体を離す。

奏多は、一つ小さく息を吐き出した。

「藤野君、はい、コーヒー」

そのまま、来未は、奏多のデスクにもコーヒーをコトリとおいた。

コーヒーと一緒に、『先に帰ってる』と付箋が付いていて、思わずニヤけそうになるのを、グッと堪える。

軽く咳払いをひとつして、ありがとう、と奏多は受け取った。