バスと電車を乗り継いで、大通りの商店街を抜けると、裏通りに入る。昔ながらの古民家並ぶ、突き当たりの一番奥の古民家の前で、結衣は、足を止めた。

大きなガラス戸の奥には、ショーケースと丸い椅子に座る男の姿が、見える。

結衣は、大きなサングラスを、再度しっかりと、目頭に押しつけると、ガラス戸を開けた。

「いらっしゃいませ」

低くもなく高くもない、耳障りの良い男の声が結衣を出迎えた。

咥えていたタバコを、灰皿に押し付けると、口角を上げた。

男は、全身黒づくめだ。黒髪に黒いシャツ、黒いズボン、黒いスニーカー。長めの前髪のせいで顔ははっきりと見えないが、鼻筋はすっと通り、薄めの形の良い唇をしていた。

「受け取りにきたんですけど」

男とは、極力会話はしたくない。

男は立ち上がると、ショーケースから、3本花火を掴み紙袋に入れる。梵字の書いた、マッチ箱も一緒に放り込んだ。

「どうぞ」

男は、背が高い。見上げるようにして、差し出された紙袋を受け取る。

「嘘はないのよね?」

パソコンに届いたメールは、もうすぐ勝手に完全消去される。結衣は、念を押すように男に訊ねた。

「それはご自分の目でお確かめください」

「此処に、私が来たことは?」

「お互い忘れましょう。貴方は、此処にはきていないし、僕も貴方にはお会いしていない。そもそも、互いの名前すらしらないのですから」

男は、ゆるりと唇をもちあげたまま、結衣の背中を見送った。

結衣は、よく見えない男の顔を凝視しながら、ガラス戸を閉めた。