「梨紗、今度の土曜日ドライブ行こうか」
須藤蓮が田中梨紗の頭を、くしゃっと撫でながら、目を細めた。
「蓮、休み取れたの?」
「当たり前だよ、婚約者の誕生日位、仕事は休むよ」
見上げた蓮が、ニコッと微笑む姿に、梨紗の心が、普段は忘れている何かを勝手に思い出そうとする。
「何処だっけ?ドライブ行きたいって言ってた場所?」
「うん、滋賀県にある有名なドライブコースなの」
梨紗は、一瞬、脳裏に浮かんだ何かを振り切るようにして、蓮に抱きついた。
「ありがとう。蓮」
梨紗の隣にはいつも蓮が居た。どんな辛い時も悲しい時も、いつもそばに居てくれて、守ってくれた。
蓮は、隣の家の幼なじみで、女の子みたいな二重瞼に鼻筋が通ってて、長めの前髪を揺らす。
いつも梨紗を安心させるかのように、ニコッとはにかむように笑う。梨紗は蓮の優しい笑顔が大好きだった。自分自身を、丸ごと包んでくれるような、すごく安心する笑顔。
梨紗には、蓮しか居なかった。いつも隣にいて、支えてくれたのは、蓮だけだった。
いや、違うーーーー蓮しか居なくなっていたのだ。いつの間にか、梨紗の隣には、蓮しか居なかった。
ーーーーあれは5歳だった。
大事にしていたメダカが死んだ。ちゃんとお水も変えて、エサもあげて、毎日眺めて、寂しい時お話して。
蓮にも見せてあげたら、『可愛いね』って笑ってくれて、もっとメダカを大事にしようと思った。部屋で一緒に寝たいって言ったけど、生き物も動物も嫌いな母親が、庭に出しなさいと、メダカを部屋に入れる事を許してくれず、庭先に出してから眠った。
前の日まで元気メダカは、翌朝、浮かんでた。真っ白な目をして、こちらを虚に呪うように。
ーーーーお前のせいだ。
そう責められてる気がして、心が灰色に染まった。それ以来、生き物も動物も苦手になった。上手に育てられないから。