そう、蛍のスマホを復元するまで知らなかった。

ーーーー志田大樹に、蛍が乱暴されていたことを。

『お兄ちゃん、春にはお母さんになるんだ。花灯、喜んでくれるかな』

『お兄ちゃんが刑事してるのが、私の誇りだよ、悪い人を捕まえて、困ってる人を助けてあげてね』

そう言って、かすみ草のように、はにかんだ蛍の笑顔が、どろっとした沼の中に引き摺り込まれていく。

ーーーーあの時、自らの犯した罪に心から賞賛をおくりたい。

千夏は、ゆっくり両手を下ろした。

「撃つわよっ!手を挙げて」

「ふっ……撃てよ、撃ったら、志田大樹の居場所は闇の中だけどな?」


ーーーーパンッ


乾いた音と共に、千夏は、足元から崩れおちる。

左の太ももが熱い。ドクドクと流れる血液が生温かく、くるぶしを伝って、すぐにコンクリの床に血溜まりができる。

「……これで歩けないわね。いいわ、コレであなたの秘密を教えてもらうから」

相川は、背負っていたリュックから、いくつか花火を取り出すと、見慣れた梵字が印字されたマッチ箱からマッチを一本取り出した

「へぇ、花火ね……」

千夏は、ネクタイをするりと外すと、太ももを縛り上げて、簡易止血をする。

「何も、言わないんだな」

大動脈を撃ち抜かれているから、止血をしてもあまり効果はなさそうだが、時間稼ぎにはなるだろう。足元の血の水溜まりは、どんどん大きく広がっていく。

「ふん、失血死する前に、あなたには、もがき苦しみながら、死んでもらうから」

千夏は口元を三日月に模した。

(……最高のショーだな)

相川が、スパーク花火に火をつけた瞬間、あたりは白い煙に包まれ、あの日の『誰にも話していない』ビジョンが、映し出された。