「……時間ぴったりだな」

手元の時計の短針は、ちょうど23時を指している。千夏は、スラックスの中に入れたまま、蛍のスマホの電源を入れた。

これで花灯が来る頃には、全てが終わってる筈だ。

千夏は、背後の気配に向かって、ゆっくりと立ち上がった。

いつの間に扉を開けたのだろうか、音に気づかなかった。

見れば、倉庫の裏口扉の前に、こちらを向いて男が立っている。その姿は、ジーンズに黒のフード付きの長袖パーカーに、深くキャップが被られている。

「わざわざ変装してきたんだ?」

目深に被ったキャップで表情はわからない。

ただ、男の格好は、間違いなく、先日、古林のバーから帰る時、階段ですれ違った、男に変装した女だ。

すれ違い様の、女性特有の髪の毛の匂いを、千夏は、嗅いだことがあった。

「初めまして……あ、2回目ですかね?」

一瞬、その声に違和感を感じた。女の声はヘリウムガスで声が、変えられていた。そして目の前の男装した姿で女に会うのは、今夜と、あのバーの階段以来だ。

「そうだな、志田愛瑠さん」

「何で、俺が、志田愛瑠だと思うんですか?」

千夏は、クククッと笑った。