高校生の時、両親を殺してくれた時は、心から蓮に感謝した。

二人まとめて事故に見せかけて、うまく殺してくれるなんて。葬式では、ただ、両親を突然失って、悲しむフリをしながら、嬉し涙を流すだけで良かったし、蓮が背中を摩ってくれなかったら、気が緩んで笑い出していたかもしれない。

あの時の、蓮の掌の温かさと歪んだ愛情のおかげで、最後まで悲劇のヒロインを、演じきれたから。

梨紗は、最後の仕事を終えるために、錆びついたトタン屋根に、日に焼けた青のベンチが一つだけのバス停にたどり着く。

梨紗は、足を止めて、古びたバスの運行表を確認する。田舎の山道だ。次のバスまでは、まだ一時間もある。

左の薬指に、嵌めていたダイヤモンドの、散りばめられた、プラチナの指輪を梨紗は、そっと外した。

そしてバス停と反対側のガードレール下を、覗き込んだ。

鬱蒼と茂る樹々が、まるで黒い海のように轟いて、耳障りの悪い風が梨紗私に纏わりつくように騒めいた。

腕を突き出して、指輪をもつ、指先の力を抜いた時だった。


耳元で囁かれる甘い声。 

ーーーー梨紗。

梨紗の手首は、目に見えない誰かに強く掴まれると共に宙に舞った。

梨紗は誰にも渡さない。永遠に僕のモノ。

なぜだか、ゆるやかに感じる無重力の中、蓮の声が聞こえる。黒い海に放り出される刹那、蓮の真っ黒な瞳に、支配される感覚を最後に、梨紗の意識は、泡になった。