あの日、蛍は、大学の友人である、波多野文香の自宅に遊びに行っていた。

仕事が終わり、二人で同棲していた家に戻った時、蛍は、まだ帰っていなかった。蛍が、自分に無断で遅くなるのは、初めてで、その後も何度も電話をしたが、結局、蛍には繋がることはなかった。


2時間程、蛍の帰りを、ただスマホを握りしめて待っていると、ガチャリと玄関扉が開く音がして、慌てて玄関へいくと、呼吸が止まった。

体液と思われる汚れたスカートに、はだけた白いシャツから覗く、鎖骨には赤い痕が残る。
目は虚で、呆然とした、蛍が立っていた。

『……蛍?』

声をかければ、蛍の黒い大きな瞳からは、大きな雫がいくつも溢れ、小さく可愛らしい口元には、自身で噛んだのか血が滲んでいる。

ーーーーすぐに分かった。蛍に何があったのか、どんな目にあったのか。

『……花……灯……ごめんなさ』

『蛍っ』

抱きしめた時の蛍の体温が、あまりにも冷たく感じて、このまま蛍が死んでしまうんじゃないかと錯覚しそうだった。

きっと、体温が冷たいんじゃない、心が凍りついてしまう程に、蛍の心は壊れかけていた、そう思った。