千夏の背中を、見送ると、花灯は、2本目のタバコを咥えながら、反対方向へと歩いていく。

「志田大樹……」

もう一度その名前を呼んで、奥歯を噛み締めた。


ーーーー『花灯……私達、幸せになろうね』

ふと見上げた夜空からは、まるで自分が殺意を抱く事を拒むように、蛍の声が降ってくる。

「幸せになろう、か……」

立ち止まり振り返れば、千夏が向かった、爆発現場から、自分が、少し離れた所まできたことに気づく。

そして、自身の目の前を、1匹の蛍が通り過ぎていく。

花灯は、あの日、線香花火を一緒にした時の、蛍の言葉を思い出す。オレンジ色の光を放つ蛍は、死んでもまた光ることがあるらしい。


『大好きな人に、もう一度会いたいのかもしれないね』


「俺は、『アイツ』を殺すよ……ごめんな……蛍……」

歩みを止めた花灯の前を、1匹の蛍は、オレンジの光を仄かに放ちながら、くるりと回るとゆっくりと夜空へと舞い上がった。


ーーーー今から3年前、蛍は、刺殺体で発見された。


古びた倉庫の中で、雨に打たれながら、腹をひと突きされて、内臓を損傷し失血死した。

蛍の遺体から検出された毛髪のDNA鑑定の結果から、以前コカインの裏取引で前科のあった、蛍の大学の先輩の男が浮上した。

容疑者の名前は、志田大樹。


ーーーー現在行方不明。


あの日から、千夏は、変わってしまった。

千夏は、本当に、妹の蛍を愛していたから。