「怖かったですね、あや。私のせいでごめんなさい。もう大丈夫です」
「違うんです、硯さまがやっと幸せになれるんだって、もう嬉しくて嬉しくて。硯さま。おめでとうございます。一緒にいられなくなるのは、寂しいですけど……どうぞお幸せになってくださいね」
「えっと、それがですね……あの、紅。願いというのは、あやたちのことなんです」
「なんでも言ってみろ」
「私はあやにすっごくお世話になっていて。あやのご家族にも、さりげなく食べ物をもらったり、お世話になってたんです……だから、あやたちといっしょに京に行くことはできませんか? あっ、もちろん、あやとご家族のみなさまがよろしければなんですが……」
「まったく問題ない。硯の信頼できる人間は、いくらでもそばに置いておくとよい」
「そ、そ、そんな」
あやはびっくりしていた。
「あたしたちは、その……すっごく、ありがたいです。だって……」
あやは、ちらりと後ろにいるご家族をうかがった。
お父さんらしき人が、口を開く。
「……お恥ずかしながら、わたくしたちは京で借金をつくった身。いつか京に戻ることを夢見て、この村で働いておりました。ですので、願ってもないお話で……ぜひ、娘のあや共々、これからは硯さまにお仕えさせていただけないでしょうか」
「どうだ、硯」
「そ、そんな、私なんかに仕えるなんて……でも、一緒に京に行けるなら嬉しいです。あやは、私の本当の妹みたいな存在ですから……」
「硯さま……ぜひ、これからもお仕えさせていただきたいです!」
「あやがそう言ってくれるなら……これからもそばにいてほしいです」
「であれば、決まりだな」
紅は微笑ましそうな顔をしていて、あやと私は、ちょっと照れたように顔を見合わせて笑った。
「紅兄さまの花嫁のためなら、京の財源から出すべきお金だ。彼らの借金は支払っておこう。でも兄さま、ちょっと身分が問題だね。他でもない、紅兄さまの花嫁のそば仕えなんだから、中途半端な身分ではいけない。そうだ、大臣家の養子にしようか。一家ごと」
「それはいい。ぜひそうしてくれ」
「だ、だ、大臣家……」
あやとあやの家族は、全員で目を白黒させていた。
とても似ていて、思わずおかしな気持ちになってしまう。
そして、紅は押さえつけられている清をぎろりと睨む。
「清とかいう、俺の愛する硯を傷つけたやつは……どうしてやろうか」
「罰として、最も身分の低い女中として御所で仕えさせるのはどうかな。平民であっても、罪でもなくてはその身分にはならない。最も下の身分から始め、その性根をたたき直すといいよ。……この手の者には、簡単に死罪にするよりも効くんじゃない? まあもちろん、もう一度でも同じことをしたら、今度こそ死罪だけどね」
「それもいいかもしれないが、硯、それで気持ちは収まるか?」
「はい、私は……殺してほしいとまでは、思ってませんから」
私自身が、いまさっきまで、殺されようとしていたから……。
清には複雑な気持ちがあるけれど、殺してほしい、とは言えない。
「硯に免じて、機会を与えよう。もう一度でも硯を傷つけたら、そのときには命はないものと思え」
「はあ? ふざけないでっ――」
「口を慎め! 帝と、紅さまと硯さまの御前であらせられるぞ!」
「なにが硯さまよっ――」
更になにか言おうとした清は、手で口を押さえられた。
「……兄さま、あれは教育がなかなか大変そうだね。厳しい女官を手配しておくよ」
「そうしてくれ」
「そして、まもり神を騙った化け狐もだ」
ひっ、と化け狐は声をひきつらせた。
「まもり神というのは神聖な存在。騙るなんて、とんでもないことだ。清とともに下働きをさせ、根性を叩き直そう」
「そ、そんなあ……」
情けない声を上げる化け狐を、おつきの人たちは容赦なく捕らえた。
「さて、ではこの村の問題はこんなものでいいかな。連れていくのは、大臣家の養子になるあの一家と……罪人ふたりだけでいいんだね、紅兄さま」
「ああ。手数をかけたな。……硯、待たせた」
紅は、私を優しくふわりと抱き上げる。
「違うんです、硯さまがやっと幸せになれるんだって、もう嬉しくて嬉しくて。硯さま。おめでとうございます。一緒にいられなくなるのは、寂しいですけど……どうぞお幸せになってくださいね」
「えっと、それがですね……あの、紅。願いというのは、あやたちのことなんです」
「なんでも言ってみろ」
「私はあやにすっごくお世話になっていて。あやのご家族にも、さりげなく食べ物をもらったり、お世話になってたんです……だから、あやたちといっしょに京に行くことはできませんか? あっ、もちろん、あやとご家族のみなさまがよろしければなんですが……」
「まったく問題ない。硯の信頼できる人間は、いくらでもそばに置いておくとよい」
「そ、そ、そんな」
あやはびっくりしていた。
「あたしたちは、その……すっごく、ありがたいです。だって……」
あやは、ちらりと後ろにいるご家族をうかがった。
お父さんらしき人が、口を開く。
「……お恥ずかしながら、わたくしたちは京で借金をつくった身。いつか京に戻ることを夢見て、この村で働いておりました。ですので、願ってもないお話で……ぜひ、娘のあや共々、これからは硯さまにお仕えさせていただけないでしょうか」
「どうだ、硯」
「そ、そんな、私なんかに仕えるなんて……でも、一緒に京に行けるなら嬉しいです。あやは、私の本当の妹みたいな存在ですから……」
「硯さま……ぜひ、これからもお仕えさせていただきたいです!」
「あやがそう言ってくれるなら……これからもそばにいてほしいです」
「であれば、決まりだな」
紅は微笑ましそうな顔をしていて、あやと私は、ちょっと照れたように顔を見合わせて笑った。
「紅兄さまの花嫁のためなら、京の財源から出すべきお金だ。彼らの借金は支払っておこう。でも兄さま、ちょっと身分が問題だね。他でもない、紅兄さまの花嫁のそば仕えなんだから、中途半端な身分ではいけない。そうだ、大臣家の養子にしようか。一家ごと」
「それはいい。ぜひそうしてくれ」
「だ、だ、大臣家……」
あやとあやの家族は、全員で目を白黒させていた。
とても似ていて、思わずおかしな気持ちになってしまう。
そして、紅は押さえつけられている清をぎろりと睨む。
「清とかいう、俺の愛する硯を傷つけたやつは……どうしてやろうか」
「罰として、最も身分の低い女中として御所で仕えさせるのはどうかな。平民であっても、罪でもなくてはその身分にはならない。最も下の身分から始め、その性根をたたき直すといいよ。……この手の者には、簡単に死罪にするよりも効くんじゃない? まあもちろん、もう一度でも同じことをしたら、今度こそ死罪だけどね」
「それもいいかもしれないが、硯、それで気持ちは収まるか?」
「はい、私は……殺してほしいとまでは、思ってませんから」
私自身が、いまさっきまで、殺されようとしていたから……。
清には複雑な気持ちがあるけれど、殺してほしい、とは言えない。
「硯に免じて、機会を与えよう。もう一度でも硯を傷つけたら、そのときには命はないものと思え」
「はあ? ふざけないでっ――」
「口を慎め! 帝と、紅さまと硯さまの御前であらせられるぞ!」
「なにが硯さまよっ――」
更になにか言おうとした清は、手で口を押さえられた。
「……兄さま、あれは教育がなかなか大変そうだね。厳しい女官を手配しておくよ」
「そうしてくれ」
「そして、まもり神を騙った化け狐もだ」
ひっ、と化け狐は声をひきつらせた。
「まもり神というのは神聖な存在。騙るなんて、とんでもないことだ。清とともに下働きをさせ、根性を叩き直そう」
「そ、そんなあ……」
情けない声を上げる化け狐を、おつきの人たちは容赦なく捕らえた。
「さて、ではこの村の問題はこんなものでいいかな。連れていくのは、大臣家の養子になるあの一家と……罪人ふたりだけでいいんだね、紅兄さま」
「ああ。手数をかけたな。……硯、待たせた」
紅は、私を優しくふわりと抱き上げる。