そこから三日間、紅さまと私とふたりの生活が始まった。

 朝、起きたとき、おはようを言える相手がいることが。
 夜、眠るとき、おやすみなさいを言える相手がいることが。
 こんなにもあったかくて、絶望を癒すものだとは思わなかった。

 紅さまとは、いろんな話をした。
 話題はいくらでもあった。
 紅さまは私の話を聞きたがり、私は紅さまの話を聞きたがった。ふたりとも競うように相手の話を聞きたがるので、私たちはそんな気持ちをお互い感じるたびに、笑いあった。

 紅さまは私のこれまでの人生に心からの思いやりを示してくれて、私が涙してしまうことも、一度や二度ではなかった。
 そして、紅さまのお仕事――あやかし退治の道中で起こった面白おかしい出来事に、私がこれまでの一生ぶん笑ってしまうことも、一度や二度ではなかった。

 どうして……このひとは、こんなに優しいのだろう。

「紅さまは、女性に人気なのではないですか」
「……なぜだ」
「だって、こんなに優しいから」
「だれにでも優しいわけではないのだぞ」
「そうなのですか?」
「……硯だからだ」

 そう言って、紅さまはそっぽを向く。
 紅さまがそっぽを向く仕草は、本当に可愛らしい。

 ……そうは言ってるけど、だれにでも優しいんだろうな、紅さまは。
 だって……私だけが特別なんて、そんなことはありえないもの……。

 あやは、いつも通り一日一度は来てくれた。
 紅さまともすっかり打ち解けて、紅さまのほうも普通にあやと喋ってくれていた。
 あやが座敷牢から出してくれる散歩の時間、……私の数少ないささやかな平穏の時間は、隣にかならず紅さまがいてくれるようになって、もっとかけがえのない時間となった。

 紅さまとあやは、たまに私のわからない会話をする。

「紅さま。硯さまは心がお優しくて、気高くて、明るくて、どんな境遇にあられても絶対にめげず、本当に、本当に素晴らしいお方ですから、大事になさってくださいまし」
「もちろんだ」
「あやは応援しております」

 あやは、紅さまが滞在するわけが理解できるようだった。

 清やまもり神さまは、来なかった。
 あやに聞いたところによると、この間の水害――紅さまが怪我をして倒れていた日に起こった激しい水害のせいで、備蓄の食糧が駄目になってしまい、今後の村の食糧問題をずっと話し合っているらしい。

 村の一大事。それはもちろん、案じたけれど……。
 清たちが来なかったことは、本当によかった。

 これまで失われていたものが、渇いていたものが、欠けていたものが、壊されていたものが。
 すべて、注がれて……あたたかく、とろりと満たされていく。

 紅さまと暮らしていると……そんな感覚を、覚えた。
 呼吸をするのが苦しくない。
 笑うときに顔が引きつらない。