龍巳の運転する車は大衆車でありながら、サーキットも走っていそうな車だった。そんな彼がステアリングを握る姿は、普通にかっこいいと思う。
「何かありましたか?」
あまりにも運転する姿が似合いすぎて、美桜がぼうっと見つめてしまっていたからだろう。龍巳がそう尋ねてきた。
「あ、いえ。あ、その……。学校のことなんですけど」
それは先ほど龍巳が聞きかけたこと。
「あの。今までいた人がいなくなって。他の人が誰もそれに気付かないって。そんなことありますか?」
「どういうことですか?」
美桜の話を聞きながらも、龍巳はあの学校で感じた何かを思い出していた。あれは、やはり気のせいではなかった、と。
「あの、一昨日。私を蹴った人たちが、昨日は休みだったんです。四人とも。それが、今日も学校に来ていないなと思ったら、誰もそんな人はいないって言い出すんです」
「まるで逆座敷童のようですね」
「逆座敷童?」
「座敷童はいつの間にか子供たちに交じっているわけですが、今回は知らぬ間にいなくなっている。その四人については誰も覚えていないということなのですか?」
「覚えていない、というか知らないという感じでした」
「なるほど」
そこで龍巳が黙り込んでしまったため、話は終了した。
青龍神社の裏手に駐車場があったらしい。そこに他にも何台か車が駐められていた。
社務所の裏の玄関から中に入れば「お帰りなさいませ」と千衣子に声が声をかけてくる。
「美桜様、お着替えしましょうか」
美桜と千衣子を見送った龍巳も自室へと戻り、着物へと着替えた。さすがにこちらの姿で彼女を迎えにいってしまえば、悪目立ちするという気持ちはあった。
しゅるりと音を立てて使役魔が龍巳の足元へとまとわりつく。
「いつから、あんな感じでしたか?」
龍巳が使役魔に尋ねているのは、あの青砥高校のこと。今、美桜の迎えにいって気付いた。あの学校には何かがある、と。
「明らかな異変が出たのは、まさしく今日。ですが、嫌な気配を感じるようになったのは昨日のお昼過ぎから」
ふむ、と龍巳は頷く。あの青砥高校で、何が起こっているのだろうか。
「美桜さんの様子はいかがでしたか?」
「特に、お変わりはなく。ですが、一人の娘が美桜様に何やらちょっかいを出している様子」
ちょっかいという表現は、いろいろと思わせるところがあるのだが。
「つまり、その娘に気をつけろ、ということですね」
そうです、と使役魔は伝えると、またしゅるりと姿を消す。
龍巳が美桜と出会ったのは偶然だろうか。それとも、必然か、はたまた運命か。
着替えを終えた美桜は、学校の宿題に取り掛かっていた。だが、それもどこか上の空。シャープペンシルを握っている右手は、先ほどから止まったままだった。
けして好きとは言えなかった加奈子だが、彼女がどこにいってしまったのかが、気になっていた。
そもそも、一昨日まで学校に来ていて、昨日は欠席で、今日にこの世に存在しない者として扱われていることがおかしい。龍巳に相談してみたけれど、彼は何か考えている様子で、その考えを美桜に伝えてくれるようなことはしなかった。
ピロリン。
と、美桜のスマホが鳴った。美桜のスマホが鳴ること自体、それが珍しい。よくて病院からの電話。
『やっほー、美桜』
真帆からのメッセージだった。
ピロリン。
『明日の放課後。勉強、教えてくれない?』
美桜は、クラスメートの誰にも連絡先を教えていなかった。聞かれなかったから、というのもあるし、美桜自身も彼らとこのようなやり取りを望んでいなかったからで。だが、昨日。昼休みに真帆が美桜のスマホを奪って、勝手に真帆の連絡先を登録した。挙句、このようなメッセージアプリをいつの間にかにインストールしていたのだ。
美桜は返信を打とうとしたのだが、勝手にそれを引き受けていいのか、ということに悩んだ。返信に困った美桜は、すっと立ち上がって、龍巳の元へと向かう。
結局、困ったときに頼れる人物は、龍巳しかいない。
「すみません、美桜です。入ってもよろしいでしょうか?」
障子越しに声をかければ、中から「どうぞ」と返ってくる。障子をすすっと開けて、美桜は中へと入った。
「どうかされましたか?」
龍巳はいつものように笑顔を浮かべている。だから、どう話を切り出そうかと、美桜は悩んでいた。だが、スマホの画面を見せるのが手っ取り早いと思い、それを龍巳へと差し出した。
「明日、友達が勉強を教えて欲しいと言っていまして……」
「友達? 友達というのは、先ほどのあの子ですか?」
「はい」
龍巳が口にした先ほどのあの子。それは使役魔が言ったちょっかいを出している一人の娘。
「場所は、どちらで?」
美桜が思わず怯んでしまったのは、いつも穏やかな龍巳の表情が鋭くなったから。
「あ、はい。多分、教室です」
「では、終わる頃、連絡をください。今日のように迎えにいきますから」
「わかりました」
龍巳に伝えたことで、美桜の心の中のもやもやが吹っ飛んだような気がした。真帆のことは嫌いでは無いけれど、苦手。だけど、断ることはできない。それは、今までの生活によって染みついたものでもある。言いたいことを飲み込んでしまう性格。だけど、龍巳の前ではするすると言葉が出てくるのが不思議だった。
次の日、放課後。
真帆は美桜の隣に机をくっつけて、勉強をしていた。美桜も、真帆が一人で問題を解いている間は、自分の勉強をすすめる。そういえば、期末テストまであと十日。つい最近、中間テストが終わったような気がするけれど、テストとはそういうものだ。
「ねえ、美桜。ここがわからないの。教えて」
「そこは……」
真帆に聞かれたら教える。ただ、それだけ。真帆が聞いてこなければ、美桜も問題を解く。それの繰り返し。のはずだったのだが。
「あ……」
美桜は軽く息を吐いた。
やられた、ではなく、やられていた、が正解。教科書のあるページがべったりと何かで貼りつけられている。なぜ、今まで気付かなかったのか。もちろん、犯人たちはあいつらしかいないのだが。あいつらがいなくなって三日目。となれば、いなくなる前にやられていたのだろう。
龍巳の元にお世話になるまでは、教科書を開いて勉強をするとか、そういう状況ではなかったし、まして、このような倫理の教科書なんてテスト前にならないと開かないし。
「どうしたの?」
真帆が美桜の教科書を覗き込む。
「何、これ? 誰にやられたの?」
真帆の正義感というものが働いただのだろう。だけど、犯人は間違いなくあいつら。それをどう口にするか。もう一度、思い切って加奈子の名を出してみようか。
「ねえ、美桜。黙っていたらわからないじゃない。これ、誰にやられたの? 美桜はいじめられてるの?」
正確にはいじめられていた。カースト上位の加奈子たちに。だが、もう彼女たちはいない。
「丸山加奈子……」
美桜は、あいつらの名を口にした。
「荒木直人、片山充、森本綾乃。いつも私をいじめていたのは、この四人でしたよね」
誰、それ? と言わんばかりに、真帆は首を傾げる。
「丸山加奈子はそこの席、荒木はそこ、片山はそこ、森本はそこ。今、不自然に空いている席にいました。一体、彼らはどこにいったのでしょう?」
「だから、美桜。昨日から一体、何を言っているの? 中学の同級生の話?」
「違います。今のお話です」
そこで美桜は一枚の紙きれを広げる。
「これ、球技大会の名簿です」
なぜかその名簿が数学の教科書に挟まれていた。恐らく、球技大会の時に名簿を貰って、手元にあった数学の教科書に無くさないように、と挟んでおいたのだろう。
昨日、数学の勉強をしていてその名簿に気付いた。そして、やはり四人は実在していた、ということに。
「四人の名前、書いてありますよね? ですから、私の過去の話ではなく、今の話です」
それでも真帆は、知らないと言い切るつもりなのだろうか。
そもそも、彼らがいなくなった途端、美桜に接触してきた真帆。真帆は一体何者か。
「何かありましたか?」
あまりにも運転する姿が似合いすぎて、美桜がぼうっと見つめてしまっていたからだろう。龍巳がそう尋ねてきた。
「あ、いえ。あ、その……。学校のことなんですけど」
それは先ほど龍巳が聞きかけたこと。
「あの。今までいた人がいなくなって。他の人が誰もそれに気付かないって。そんなことありますか?」
「どういうことですか?」
美桜の話を聞きながらも、龍巳はあの学校で感じた何かを思い出していた。あれは、やはり気のせいではなかった、と。
「あの、一昨日。私を蹴った人たちが、昨日は休みだったんです。四人とも。それが、今日も学校に来ていないなと思ったら、誰もそんな人はいないって言い出すんです」
「まるで逆座敷童のようですね」
「逆座敷童?」
「座敷童はいつの間にか子供たちに交じっているわけですが、今回は知らぬ間にいなくなっている。その四人については誰も覚えていないということなのですか?」
「覚えていない、というか知らないという感じでした」
「なるほど」
そこで龍巳が黙り込んでしまったため、話は終了した。
青龍神社の裏手に駐車場があったらしい。そこに他にも何台か車が駐められていた。
社務所の裏の玄関から中に入れば「お帰りなさいませ」と千衣子に声が声をかけてくる。
「美桜様、お着替えしましょうか」
美桜と千衣子を見送った龍巳も自室へと戻り、着物へと着替えた。さすがにこちらの姿で彼女を迎えにいってしまえば、悪目立ちするという気持ちはあった。
しゅるりと音を立てて使役魔が龍巳の足元へとまとわりつく。
「いつから、あんな感じでしたか?」
龍巳が使役魔に尋ねているのは、あの青砥高校のこと。今、美桜の迎えにいって気付いた。あの学校には何かがある、と。
「明らかな異変が出たのは、まさしく今日。ですが、嫌な気配を感じるようになったのは昨日のお昼過ぎから」
ふむ、と龍巳は頷く。あの青砥高校で、何が起こっているのだろうか。
「美桜さんの様子はいかがでしたか?」
「特に、お変わりはなく。ですが、一人の娘が美桜様に何やらちょっかいを出している様子」
ちょっかいという表現は、いろいろと思わせるところがあるのだが。
「つまり、その娘に気をつけろ、ということですね」
そうです、と使役魔は伝えると、またしゅるりと姿を消す。
龍巳が美桜と出会ったのは偶然だろうか。それとも、必然か、はたまた運命か。
着替えを終えた美桜は、学校の宿題に取り掛かっていた。だが、それもどこか上の空。シャープペンシルを握っている右手は、先ほどから止まったままだった。
けして好きとは言えなかった加奈子だが、彼女がどこにいってしまったのかが、気になっていた。
そもそも、一昨日まで学校に来ていて、昨日は欠席で、今日にこの世に存在しない者として扱われていることがおかしい。龍巳に相談してみたけれど、彼は何か考えている様子で、その考えを美桜に伝えてくれるようなことはしなかった。
ピロリン。
と、美桜のスマホが鳴った。美桜のスマホが鳴ること自体、それが珍しい。よくて病院からの電話。
『やっほー、美桜』
真帆からのメッセージだった。
ピロリン。
『明日の放課後。勉強、教えてくれない?』
美桜は、クラスメートの誰にも連絡先を教えていなかった。聞かれなかったから、というのもあるし、美桜自身も彼らとこのようなやり取りを望んでいなかったからで。だが、昨日。昼休みに真帆が美桜のスマホを奪って、勝手に真帆の連絡先を登録した。挙句、このようなメッセージアプリをいつの間にかにインストールしていたのだ。
美桜は返信を打とうとしたのだが、勝手にそれを引き受けていいのか、ということに悩んだ。返信に困った美桜は、すっと立ち上がって、龍巳の元へと向かう。
結局、困ったときに頼れる人物は、龍巳しかいない。
「すみません、美桜です。入ってもよろしいでしょうか?」
障子越しに声をかければ、中から「どうぞ」と返ってくる。障子をすすっと開けて、美桜は中へと入った。
「どうかされましたか?」
龍巳はいつものように笑顔を浮かべている。だから、どう話を切り出そうかと、美桜は悩んでいた。だが、スマホの画面を見せるのが手っ取り早いと思い、それを龍巳へと差し出した。
「明日、友達が勉強を教えて欲しいと言っていまして……」
「友達? 友達というのは、先ほどのあの子ですか?」
「はい」
龍巳が口にした先ほどのあの子。それは使役魔が言ったちょっかいを出している一人の娘。
「場所は、どちらで?」
美桜が思わず怯んでしまったのは、いつも穏やかな龍巳の表情が鋭くなったから。
「あ、はい。多分、教室です」
「では、終わる頃、連絡をください。今日のように迎えにいきますから」
「わかりました」
龍巳に伝えたことで、美桜の心の中のもやもやが吹っ飛んだような気がした。真帆のことは嫌いでは無いけれど、苦手。だけど、断ることはできない。それは、今までの生活によって染みついたものでもある。言いたいことを飲み込んでしまう性格。だけど、龍巳の前ではするすると言葉が出てくるのが不思議だった。
次の日、放課後。
真帆は美桜の隣に机をくっつけて、勉強をしていた。美桜も、真帆が一人で問題を解いている間は、自分の勉強をすすめる。そういえば、期末テストまであと十日。つい最近、中間テストが終わったような気がするけれど、テストとはそういうものだ。
「ねえ、美桜。ここがわからないの。教えて」
「そこは……」
真帆に聞かれたら教える。ただ、それだけ。真帆が聞いてこなければ、美桜も問題を解く。それの繰り返し。のはずだったのだが。
「あ……」
美桜は軽く息を吐いた。
やられた、ではなく、やられていた、が正解。教科書のあるページがべったりと何かで貼りつけられている。なぜ、今まで気付かなかったのか。もちろん、犯人たちはあいつらしかいないのだが。あいつらがいなくなって三日目。となれば、いなくなる前にやられていたのだろう。
龍巳の元にお世話になるまでは、教科書を開いて勉強をするとか、そういう状況ではなかったし、まして、このような倫理の教科書なんてテスト前にならないと開かないし。
「どうしたの?」
真帆が美桜の教科書を覗き込む。
「何、これ? 誰にやられたの?」
真帆の正義感というものが働いただのだろう。だけど、犯人は間違いなくあいつら。それをどう口にするか。もう一度、思い切って加奈子の名を出してみようか。
「ねえ、美桜。黙っていたらわからないじゃない。これ、誰にやられたの? 美桜はいじめられてるの?」
正確にはいじめられていた。カースト上位の加奈子たちに。だが、もう彼女たちはいない。
「丸山加奈子……」
美桜は、あいつらの名を口にした。
「荒木直人、片山充、森本綾乃。いつも私をいじめていたのは、この四人でしたよね」
誰、それ? と言わんばかりに、真帆は首を傾げる。
「丸山加奈子はそこの席、荒木はそこ、片山はそこ、森本はそこ。今、不自然に空いている席にいました。一体、彼らはどこにいったのでしょう?」
「だから、美桜。昨日から一体、何を言っているの? 中学の同級生の話?」
「違います。今のお話です」
そこで美桜は一枚の紙きれを広げる。
「これ、球技大会の名簿です」
なぜかその名簿が数学の教科書に挟まれていた。恐らく、球技大会の時に名簿を貰って、手元にあった数学の教科書に無くさないように、と挟んでおいたのだろう。
昨日、数学の勉強をしていてその名簿に気付いた。そして、やはり四人は実在していた、ということに。
「四人の名前、書いてありますよね? ですから、私の過去の話ではなく、今の話です」
それでも真帆は、知らないと言い切るつもりなのだろうか。
そもそも、彼らがいなくなった途端、美桜に接触してきた真帆。真帆は一体何者か。