田中(たなか)真帆(まほ)。それは人間界での仮の名。
「ニャー(申し訳ありませんでした)」
 黒い髪をなびかせている男の前にいる猫は真帆。
「失敗した挙句、強制的に送り返されるとは。それでも俺の部下か。この出来損ないが」
「ニャニャニャニャ(邪魔が入ったのです。あれは、東の王の青龍。あれが、美桜(みお)様を妖界に連れてくることの邪魔をしてきたのです)」
「ちっ」
 どいつもこいつも、と黒髪の男は呟く。
「お前は、あれの妖具によってこちらに送り返された。しばらく人型をとることもできない。人間界へと幾言もできない。それはわかっているんだろうな」
「ニャ、ニャー(も、申し訳ございません。麒麟様……)」
「もう、いい。あの娘のことは、他の者に頼むことにする。お前はしばらくこの宮で、謹慎してろ。訓練は怠るな」
「ニャー」
「去れ」
 猫が去り、一人残る黒髪の男。真帆が麒麟と呼んだ男。つまり、この妖界の頂点に立つ王であり、妖界と人間界を見張るべき王であるのだが。
「ちっ。だから、人間は嫌いなんだよ」
 悔しそうに顔を歪め、人間界の方へと視線を向けていた。それはどこか、何かを懐かしむかのようにも見えた。


【完】