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 007_騎士と対峙する弾路
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 街道を進んでいると、喧騒が聞こえてきた。
「ん。誰かが争っている?」
 喧騒が聞こえてくるのは、進行方向だ。
 この世界のことを知らないし、サマンサに自分が生きていることが知られないためにも、できれば面倒事は避けたい。
 警戒しながらその喧騒のほうへと進む。

「あれはさっきの馬車か」
 騎士たちに守られた馬車の一段が、見窄らしい恰好の武装集団に襲われていた。
「盗賊っぽいけど、実は騎士たちのほうが悪い奴かもしれない」
 サマンサの顔が浮かんでくる。一国の姫に殺されかけた弾路は、騎士だから正義などと思っていない。

 物陰から物陰へ移動して、様子を伺う。
「騎士は皆殺しだ! 金目の物は奪え! 女は攫え!」
「「「おおおっ!」」」
 完全に盗賊だった。騎士が良い悪いではなく、あの盗賊は悪だと判断した。
 林の中に入って戦場を遠巻きに移動する。林の中にも盗賊が居て、矢を射っている。
(騎士を助けるのはあまり気は進まないが、盗賊を放置するわけにもいかないか)

 騎士たちが皆殺しにされるのは構わないが、旅人や商人などの一般人が盗賊に襲われたら気分が悪い。
 林の中に居る盗賊は三人。いずれも弓矢で騎士を攻撃している。
 弾路は二本の簡易ダイナマイトの導火線に火を点けて、それを盗賊たちの間に投げた。
 弓を射っていた盗賊たちは簡易ダイナマイトに気づいたが、なんだこれと言わんばかりに凝視している。

 ドッガーンッ。ゴガーンッ。
 二つの爆破が、三人の盗賊を吹き飛ばした。
 街道で戦っている盗賊と騎士たちは、その爆発音に身を固くして動きが止まった。
 そこに、さらに簡易ダイナマイトが投げ込まれる。騎士からはかなり離れているが、盗賊たちにダメージを与えられる距離だ。

 ドッガーンッ。ゴガーンッ。ガゴーンッ。
「「「ぎゃぁぁぁぁぁっ」」」
 簡易ダイナマイトには小さな釘が仕込まれていて、離れていても爆風に乗った釘が盗賊たちに襲い掛かった。
 五〇人程の盗賊は、その攻撃で三〇人程が戦闘不能に陥った。残りの二〇人程は騎士と乱戦になっていたため、簡易ダイナマイトで攻撃できない。騎士ごと吹き飛ばすことはできるが、あとが面倒だ。

「騎士ならあとは自力でなんとかしてくれ」
 盗賊よりも強いであろう騎士だから、二倍の戦力差くらいひっくり返せと弾路は言う。
 それ以降何も起きないことから、騎士と盗賊の戦いは再開された。
 盗賊たちは二〇人と数の上では有利だったが、明らかに統制がとれてなかった。弾路の簡易ダイナマイトを受けて、後方に居た幹部が皆戦闘不能になったからだ。
 徐々に騎士たちが押し始め、盗賊たちは戦意を喪失して逃げ出した。
 騎士たちは盗賊を追わず、怪我人の手当を始めた。
「まあ、騎士だからね」
 弾路は木々の陰から陰へと移動し、その場を離れた。

 弾路は夕方近くに町へ到着した。
「やった……」
 ホッとした瞬間、体の力が抜けてその場にへたり込んだ。
「おい、大丈夫か?」
 町は高い石塀に覆われていて、門には門番が居る。騎士の金属鎧に比べると見劣りする革鎧を着こんだ門番だ。
 その門番が座り込んだ弾路を見て、声をかけた。門番は弾路と同じくらいの年齢だが、金髪碧眼のイケメンであった。
(どいつもこいつもイケメンしやがって……)
 門番がイケメンなのは彼のせいっではないが、それが気に入らない。長年イジメられていた弾路は面倒になるのが分かっているから、そういった感情を表に出さない。

「あ、はい。ちょっと疲れただけですから大丈夫です」
「もうすぐ門を閉めるぞ。立てるか?」
 門番は弾路に手を差し伸べた。
(くっ、やることが一々イケメンめ)
「すみません」
 内心で毒づき、顔には笑みを浮かべる。
「ようこそ、ガーランドへ」
 手を取り立ち上がった弾路に、門番は爽やかな笑みを浮かべてそう言った。
(イケメン過ぎるよ……)
 親切にしてもらっているが、爆発しろと思ってしまう。

 弾路は門番に誘われるままに、建物の中に入った。
「水だ。飲んだら少しは落ちつくだろ」
「ありがとうございます」
 八畳くらいの部屋に通されると、門番は水を出してくれた。一口飲むと、体中に染み渡る。
 イケメンは気に入らないが、人の優しさに飢えているからだろう。

 そこに明らかに門番ではない、かなり気合の入ったフルプレートの鎧を纏った騎士と思われる青年が入ってきた。
「やあ、こんにちは。僕はイーサンと言うんだ、よろしくね」
 二〇歳くらいの青年は、門番以上のイケメンでイーサンと名乗った。
(何、この顔面偏差値振り切っている人!? もう、お腹いっぱいだよ)
 イーサンと名乗った青年は、弾路と机を挟んで座った。
「そんなに硬くならなくてもいいよ。ほら、僕、こんなんだから」
 こんなんとはどんなんなのか、弾路にはさっぱり分からない。
(こんなんと言われても……もう、騎士に切られるのはごめん被りたいんですけど)

「えーっと、一応、名を聞いてもいいかな」
「あ、はい。僕は……」
 名前を名乗ろうとした時、自分の名前をそのまま言ってもいいのかと弾路は考えた。
(サマンサの息のかかった騎士なら、下手に名乗らないほうがいい。今はまだ弱いから)
 いつか復讐をと誓っていても、弱いのでは話にならない。

「ん、どうしたの?」
 イーサンは爽やかな笑みを浮かべて弾路を見つめる。
「あ、いえ……その……ガンです。僕はガンといいます」
「ガンか。珍しい名前だね」
「そ、そうですか?」
「まあいいや。ところでガンはさ、盗賊を見なかった?」
「と、盗賊ですか? 見てないです……」
「あのね、僕はこれでも騎士だから、嘘だけは言わないでね」
「………」
(まさか僕のことを疑っているの? 僕は盗賊じゃないよ、この顔が盗賊だと思うの? バカなの、バカなんですよね!)

「あははは。そんなに硬くならなくていいんだよ。君が盗賊なら捕まえるけど、そうじゃなければ正直に言ってほしいだけなんだ」
 弾路は年下のイーサンの雰囲気にすっかり飲まれている。弾路よりも一〇は若いイーサンだが、弾路よりも濃密な人生を送っているのだろうと、容易に想像ができる。
 実際、騎士になるためにイーサンは血の滲むような努力をした。親や姉の七光りと言われながらも努力し続けた。時には血反吐を吐き、時には剣で切られもした。イケメンのイーサンだが、鎧を脱げば体中に傷痕がある。
 イーサンにとって騎士になるのは容易いことではなかったのだ。

「み、見ました」
 イーサンはニコリとほほ笑んで頷いた。
「今日の昼頃の話なんだけど、盗賊と騎士の戦闘を見たよね?」
(これは本当のことを言えばいいのかな。あまり嘘をつくのは得意じゃない僕の嘘なんて、簡単に見破られてしまうか……。でも、あまり騎士や貴族に関わり合いになりたくない。どうしたらいいんだろうか)
「僕ね、その時の騎士の一人なんだ」
「………」
 弾路はなんと答えるのが正解なのか、考え込んでしまい返事するのさえ忘れてしまった。

「別にガンを捕まえようという話じゃないんだ。正直に答えてよ」
「は、はぁ……」
「僕も正直に言うとね、あの盗賊との戦いの少し前なんだけどさ、ガンを見たんだ」
「え?」
「ガンは僕の顔を覚えてないかもしれないけど、僕はこれでも騎士の端くれでね、ガンは深々とフードを被っていたけど、服装、歩き方、雰囲気は覚えているんだ。そういう訓練を受けてるからね」
「そ、そうですか……」
「盗賊との戦闘時にさ、僕たちを支援してくれたのは、ガンだよね」
(これは違うと言って逃げ切るのは無理そうだ……)
 弾路は息を一つ吐いて「はい」と答えた。

「うん。正直に言ってくれてありがとう」
「い、いえ……」
「ところでさ、ガンというのも嘘だよね? 本当はなんて言うの?」
「……弾路です」
「ダンジだね! それでね、ダンジ。あの時に馬車に乗っていた人が、君にお礼をしたいと言うんだ。僕と一緒に来てね」
「えーっと、今からですか?」
「うん」
 強引な人だと思ったが、悪い人ではないと思った。嫌な感じはしないことから、ついていくことにした。