「あと、こっちは大丈夫?」
放置されたフライパンの火力はだいぶ強く見える。
いつからテレビに夢中になっていたのかはわからないけれど、友紀さんはこういうことがよくあるから油断ならない。
「大丈夫じゃないかも」
途端に深刻そうな顔をして早足でキッチンに入った友紀さんはフライパンの中を確認するよりも先に火を切る。
眉根を寄せて、恐る恐る蓋を開けるから、わたしも横からフライパンを覗き込む。
「……ちょっと焦げちゃったかな」
「ちょっと?」
「かなりだね。まあいっか。唯一文句つける葵衣はいないし」
黒色の占める割合の多いハンバーグは小ぶりなものが四つ。
葵衣がいるときはもうひとつ特大サイズのハンバーグを作るから、今日葵衣がいないことを友紀さんは知っていたのだろう。
「花奏にはあんまり焦げてない方をあげるからね」
「あんまり焦げてない方?」
「全部同じだね。花奏は厳しいなあ」
フライ返しとフォークを駆使して焦げを削ろうとする友紀さんを横から手伝う。
ハンバーグのタネさえ作れないくせに焼き加減にはうるさい葵衣と違って、わたしは焦げていても気にしないのだけれど、少しでも見目をマシにしておく。
ある程度の焦げを落として、皿に盛り付ける。
焦げだらけのフライパンはそのまま使えないから、一度洗って友紀さんがソースを作る間、わたしは皿に山盛りの野菜を添えた。
余ったプチトマトをつまみ食いしながら友紀さんの手元を眺めていると視線を感じて顔を上げる。
「お姉ちゃんに似てきたねえ、花奏」
目元を綻ばせて、懐かしむような目を向けられるから、くすぐったくて、パッと顔を背ける。
「そうかな」
「うん、そっくり。私ももうすぐお姉ちゃんと同じ年になるんだもんねえ……そりゃあ花奏も葵衣も大きくなるわ」
しみじみと呟く友紀さんとは対照的に、わたしはそう言われてもピンと来ない。
両親が亡くなったのはわたしと葵衣が八歳の頃。
お母さんの顔は覚えているし写真も残っているけれど、今の自分の顔と似ているとは思わないし、葵衣もお母さんには似ていない。
どちらかというと、葵衣はお父さんに似ている。
「八年……」
突然、両親が他界してから八年。
奇しくも、お母さんと友紀さんの年齢までもが、八歳差だということを思い出した。
「友紀さん、あんまり無理しないでね」
仕事が忙しいのは仕方がないこと。
わたしが口を出せる範疇にない。
代わりに、家のことなら何でもする。
だから、どうか身体を壊すことだけはしないで。
「花奏は優しいねえ」
「家族だもん」
「……ありがとうね、花奏」
葵衣や慶の手ほど大きくないけれど、とても優しい手付きで、友紀さんはわたしの髪を撫でた。
友紀さんの首に流れるネックレスと繋がったロケットには、友紀さんの大切な人の写真がある。
友紀さんの寝室のキャビネットの上にふたつ並べられた指輪の贈り主の写真だ。
当時二十五歳の友紀さんが、会ったこともない子どもふたりを引き取ることは、わたしには想像もつかないくらい大変なことだったと思う。
写真に写る人が長く闘病をしていて、わたし達が友紀さんに引き取られてすぐに亡くなったという話は、小学校を卒業するときに聞いた。
「花奏と葵衣がいてくれて幸せ者だねえ」
友紀さんの、間延びした口調が好きだ。
些細なことを見逃さず、包み込むように拾い上げて、笑いかけることのできる、そんな人。
わたしと葵衣の関係が絡み合って歪んでしまったとき、きっと一番に友紀さんを困らせてしまう。
何度も決意しては、その度に脆く瓦解して、葵衣を諦めきれない気持ちが主張をし出すけれど。
わたしがいて、葵衣がいて、友紀さんがいる。
兄妹という関係の他に、家族という形まで壊してしまうのだということを胸に刻んでおかなくてはいけない。