祖母も母も、服の辿り着く先にはいつも気を配っていた。
 購入後すぐに飽きられて箪笥の肥やしになったり、他の人の手に渡っていたり、はたまたすぐに処分されてしまったりしているようならば、わたしたちの仕事が成立しているとは言えない。

 いつでもお客様にとって愛されるものを。お客様に福を授けられるようなものを。

「いつでも寸法直しをするおばあちゃんの姿、はっきりと記憶に残ってるなぁ」

 記憶に色鮮やかなあの背中が、わたしにこう語りかけている。

――結衣も洋裁ができるようになればいいわね。

 今目の前にある作りかけのベストも、同じようなことばをわたしに投げかけているようだった。

「わたしがベストを完成させる」

 そう決心し、立ち上がった。
 残された時間は短い。必ず成し遂げよう。





「結衣さんはあまり裁縫がお得意ではないのね」

 わたしの手つきを数分間眺めていたお客様が、苦笑したのが、顔を上げなくてもわかった。

 以前、うちにやってきてニュートラのジャケットとスカートを買ってくださった、祖母のファンのマダム――秋山さんとおっしゃるそうだ――は、首をかしげている。
 最近、ご長男の奥さんともうまくコミュニケーションがとれるようになったのだと、喜んで来店してくださった。

 たまたまその時、他のお客様はおらず、わたしはひとりでテキストとにらめっこしながらミシンの練習をしていたのだった。

「秋山さんは洋裁学校に通われていたんですもんね……わたしの手つき、おかしいですよね」
「ずいぶん昔の話だけれど、今も洋裁は大の得意よ。絹子さんが見たら泣いちゃうわね」
「ですよね。子供の頃から不器用で」
「そんなこと言っている場合じゃないわね。このお店を継ぐのであれば」

 あくまで優しい口調で彼女はわたしを励ます。
 今日も秋山さんはおしゃれだった。さりげないポイントカラーを取り入れた秋らしいファッションに、目が喜んでいる。

「その様子だと、何か具体的な目的があるんじゃないかしら?」

 全く、鋭い女性だ。
 いや、あまりにもわたしが切羽詰まっている様子だからなのか。
 どちらもあるだろう。

「実は、祖母が生前作りかけでそのままにしていたベストを発見しまして。それを近いうちに完成させようと思うんです」

 細かい事情は省いて、当たり障りのないことだけを伝える。
 なぜそのベストを発見したかなどは、説明不要だ。

 秋山さんは大きく頷いた。

「それは完成させてあげないといけないわね」

 顎に手を添えて少し考えてから、秋山さんは提案した。

「助言程度のことでよければ、お手伝いさせていただけない?」