結衣さんははっと目を丸くさせたあと、おそるおそる尋ねた。
 聞きたいことはよくわかる。

 この話をすべきか、ほんの一瞬逡巡する。

「ええ。そういうこと。私ね、ファッション業界で働くのが夢だった。とは言っても洋裁学校にいたのは一年だけ。途中で結婚話が持ち上がって、急遽神戸からこっちの町へ強制的に連れてこられたの」

「夢半ばにして……お悔しかったでしょうね」

「だから嫁入り後は息子達の服を一生懸命に作って、あの学校で習ったことは無駄じゃなかったと自分自身の心に言い聞かせて生きてきたわ。……でも駄目ね。未練はずっと心の中で渦巻いている」

 この年になったからこそ、言葉に出して言える思いかもしれない。
 結衣さんの顔を直視するのは彼女に負担をかけることになるかと思い、店の壁面ディスプレイへと視線をずらす。

「絹子さんが羨ましかったわ。もちろん、嫉妬じゃないわよ? 女の腕一本でこんなに素敵な洋品店を立ち上げて、家族を養っていくなんて、かっこよかったわ。ご主人――あなたにとってはおじいさまね――が入院されていたから、そうせざるを得なかったのでしょうけれど」

「多分に苦労はしたようです」

「あの時代だから余計にそうなのよ」

 座りながらさりげなく店の隅々まで視線を走らせる。
 ふと、店の入り口左手に異様さを感じるコーナーを見つめて立ち上がった。

「あのコーナーは、何? 色もデザインもバラバラだけど」
「あー……ちょっとした気まぐれです」

 か弱い声で結衣さんは答える。気まぐれ? どういうことかしら。

 そのコーナーはとにかく種類にばらつきがあった。カジュアル、モード、エレガント……暖色から寒色まで、とにかく統一性がない。

 だけど目が離せなかった。引き込まれざるをえないものが、そこにあったからなのだ。

「懐かしいわね……ボンシック、ボンジャンル」

 トルソーが着ているのは、イギリス調のチェック柄のジャケットに、ボックスプリーツの膝下スカート!
 なんて素敵なのだろう。

「はい、いわゆる”ニュートラ”が、2,3年前に再流行の兆しを見せた際に仕入れた物です」

 結衣さんは目を輝かせて喰い気味に答えた。
 いいわね、この熱量。
 それに比例するかのように、私の心にも火がつく。

「私がはたちくらいのころに流行ったの。神戸が流行の出発点なのよ。これにヴィトンやグッチのバッグを合わせるの。お嬢様っぽい伝統的なスタイルが憧れだっわ」
「1970年代のお洋服、わたしも好きなんです。でも……」
「売れ残ったのね」
「残念ながら」

 落胆をわかりやすく示すかのように肩を落とす。
 店主として「売りたい」以上に「誰かに着てほしい」が勝った仕入れだったのだろう。
 しかしながら店主の情熱は、必ずしも顧客に伝わるとは限らない。世の常というものだ。

「でも、このコピーは褒めてあげるわ――『あのときの私を思い出して』」
「……お気づきになっていたんですね」

 恥ずかしそうに首を掻く。
 手作りのポップは妙案だわ。

――あのときの私を思い出して。