「そこのラックの商品、エシカルファッションって言うんです」
奥からひょこっと出てきた店員さんが、引き留めるともなく声を掛けてきた。
ほわんとした柔らかな声は、しかしどこか心に響くものを持っていた。
「エシカルファッション?」
「倫理的なファッションって意味だそうです。環境に優しく、労働者から搾取せずに製造された服なんです」
「SDGsってやつですか」
「そうです。特にここのは労働者を不当に長時間低賃金で働かせて作られたものではないことで有名なんです」
店員さんが取り出したのは、ものすごくシンプルな白シャツだった。さりげなく値札を見る。
「高いですね……やっぱり搾取していないから」
率直な感想に、「やはりそういう反応になりますよね」といった風に頷く。
「大量生産のブランドに比べると桁が違うので、驚いてしまいますよね。しかもシンプルすぎるデザイン。
ただ、その分人にも地球にも優しい。流行に左右されないので、流行遅れになったから廃棄する、という発想にもなりにくいんですって」
まじまじと白シャツに見入ってしまった。
そうか、服を安く手に入れるのが普通になっているけれど、その影では無数の人々の権利や地球環境が踏みにじられている――
とそこまで考えて、呼吸が乱れた。
過呼吸のような発作に見舞われて、ひっひっひっと喉が鳴る。
「大丈夫ですか」
慌てた様子で背中をさすられ、私は手で制止する。
大丈夫、よくあることなので、と伝えたいが、乱れる呼吸で何も話せない。
何も答えられない私に、彼女は大げさに騒ぐでもなく、店の奥の応接セットへ導いてくれる。
しばらくそのまま座っていると、いつものように次第に発作は治まった。
その間ずっと、店員さんは隣に腰掛けて私の様子をそっと見守ってくれていた。まるで小さな子どもを心配する愛情溢れた母親のように。
私も子どもの頃、母親からこんな風に心配されることが一度でもあったなら――。
「ごめんなさい、心配をおかけしました」
立ち上がろうとしたその時、手のひらが包まれた。
白魚のような両手で彼女は私の右手をしっかりと包み込んでいる。
「何も心配なさらないでください、大丈夫」
まっすぐ目を見つめて投げかけられた言葉に、思わず涙が溢れそうになる。
どうしてだろう。
ただ手を握られているだけなのに、不思議と気が安らいでくる。
……ああ、私って今まで誰からもこういう風に手を握られたことなんてなかったんだった。
意を決して、私はこんな風になってしまう訳をほろりと口にした。
「搾取されていたんです。ずっと昔から」
奥からひょこっと出てきた店員さんが、引き留めるともなく声を掛けてきた。
ほわんとした柔らかな声は、しかしどこか心に響くものを持っていた。
「エシカルファッション?」
「倫理的なファッションって意味だそうです。環境に優しく、労働者から搾取せずに製造された服なんです」
「SDGsってやつですか」
「そうです。特にここのは労働者を不当に長時間低賃金で働かせて作られたものではないことで有名なんです」
店員さんが取り出したのは、ものすごくシンプルな白シャツだった。さりげなく値札を見る。
「高いですね……やっぱり搾取していないから」
率直な感想に、「やはりそういう反応になりますよね」といった風に頷く。
「大量生産のブランドに比べると桁が違うので、驚いてしまいますよね。しかもシンプルすぎるデザイン。
ただ、その分人にも地球にも優しい。流行に左右されないので、流行遅れになったから廃棄する、という発想にもなりにくいんですって」
まじまじと白シャツに見入ってしまった。
そうか、服を安く手に入れるのが普通になっているけれど、その影では無数の人々の権利や地球環境が踏みにじられている――
とそこまで考えて、呼吸が乱れた。
過呼吸のような発作に見舞われて、ひっひっひっと喉が鳴る。
「大丈夫ですか」
慌てた様子で背中をさすられ、私は手で制止する。
大丈夫、よくあることなので、と伝えたいが、乱れる呼吸で何も話せない。
何も答えられない私に、彼女は大げさに騒ぐでもなく、店の奥の応接セットへ導いてくれる。
しばらくそのまま座っていると、いつものように次第に発作は治まった。
その間ずっと、店員さんは隣に腰掛けて私の様子をそっと見守ってくれていた。まるで小さな子どもを心配する愛情溢れた母親のように。
私も子どもの頃、母親からこんな風に心配されることが一度でもあったなら――。
「ごめんなさい、心配をおかけしました」
立ち上がろうとしたその時、手のひらが包まれた。
白魚のような両手で彼女は私の右手をしっかりと包み込んでいる。
「何も心配なさらないでください、大丈夫」
まっすぐ目を見つめて投げかけられた言葉に、思わず涙が溢れそうになる。
どうしてだろう。
ただ手を握られているだけなのに、不思議と気が安らいでくる。
……ああ、私って今まで誰からもこういう風に手を握られたことなんてなかったんだった。
意を決して、私はこんな風になってしまう訳をほろりと口にした。
「搾取されていたんです。ずっと昔から」