雪弥は幼かった頃、屋敷で兄や妹と絵本を広げた事があった日々を思い出した。どうしてか胸が()くような気分の沈みを覚えた。

 自分は先日、あの屋敷から飛び出してしまった。しばらくは連絡も取らない方がいいのだろう。そうすると、もしかしたらこのままプライベートでは疎遠になっていくのか……。

 雪弥は一呼吸置いて、カチリと思考を切り替えた。

「その物語の母鬼とやらは、『もう自分には無理だ』と気付かないものなんですか?」

 今は仕事中だと自分に言い聞かせ、いつもの調子に戻して控え目な微笑でそう尋ねた。

 その直前までの様子を、じっと見つめていた宮橋が夜景へ目を戻す。

「残念ながら、彼女らに『やめる』という選択肢はない。その母鬼にしても、彼女と恋に落ちていく人間の男達も――いつだって彼らの始まりと終わりは【物語(ストーリー)】のままに進む」

 どうして、と、雪弥は不思議な気持ちでチラリと思ってしまった。

 考えるのをやめてしまえば。もしかしたら望む事をやめれば、その哀しい事を繰り返さなくても済むはずなのにな、と――そう考えてふと、自分の中でチクリとするのを感じた。