これは中学生になったばかりの頃の話だ。
萌の通う中学校は、学区内にある二つの小学校が合わさるので、知らない子が半分くらいいる。小学生の頃に一番仲の良かった幼馴染の陸は、リトルシニアのチームに入るため、部活動が強制ではない別の中学に進学してしまった。
萌は人見知りではなかったので、特別友達作りには困らなかったが、それでもクラスメイトの顔と名前を全員分覚えるまでは少し落ち着かなかった。
小学校四年生の春に野球クラブを辞めてから、萌は音楽クラブに入った。四年生からはクラブ活動が必須だったので、迷っていたところ、音楽クラブの先輩が声をかけてくれたのだ。
音楽は年齢差も男女差も体格差も関係ない、誰にでも平等にチャンスのあるクラブなんだよ、という言葉に惹かれて入部した。なんとなく選んだトランペットは楽しくて、中学校でも迷わず吹奏楽部を選択した。吹奏楽部はあまり人数が多い方ではなく、すぐにメンバーの顔を覚えられたので、萌にとってのホームになった。
「委員会決め?」
「そう。萌は何がやりたい?」
別の小学校から進学してきた百合絵は、クラスで一番最初に仲良くなった女の子だ。ちょっと気の強い性格だが、男子とも仲がいい。どうやら他のクラスに彼氏がいるらしく、まだ中学一年生なのにすごいねぇ、と萌は感心してしまった。
「私は放送委員かなぁ」
「えー! 面倒くさそうじゃない? 私は絶対生活委員! バスケ部の先輩が楽だって言ってた!」
委員会で楽をしたいという人もいるだろう。でもそれをここまで明け透けに話してしまう人もなかなか珍しい。
「小学校でも放送委員だったから」
「放送委員ってあれでしょ? お昼の時間に音楽流したりするやつ」
「うん。あとは体育祭とか文化祭でのアナウンスもやるんだって」
萌と同じ委員会が良かったけど絶対私には無理だ! と言い張る百合絵に、思わず苦笑する。
教室の中は委員会決めの話で盛り上がっていた。次のホームルームの時間に委員会を決める、ということをあらかじめ知らされていたからだ。
雨宮さん、とクラスメイトの男子に話しかけられて、萌は振り向く。
「あ、やまえもんじゃん」
「やまえもん?」
「山下のあだ名」
百合絵と同じ小学校だった彼は、山下くんというらしい。まだクラス全員の名前は覚えられていないんだよなぁ、と心の中で呟く。そして萌が誤魔化すように笑いながら、どうしたの? と訊くと、山下は真っ赤な顔で口を開いた。
「あのさ! 雨宮さんって何委員になる予定?」
その声が大きかったので、萌はびっくりして目を丸くする。そして質問の意図が分からずに首を傾げつつ、放送委員がいいかなって思ってるよ、と答えを返す。
「そっか! ありがとう!」
そのまま自分の席に戻っていく後ろ姿を呆然と見つめていると、百合絵がいたずらな笑みで覗き込んでくる。
「やまえもん、萌に気があるのかもね」
「えっ? まだほぼ初対面なのに?」
「気づいてないの? うちの小学校の子達の間で話題になってるよ。西小の方にかわいい子がいるって」
ぽすん、と頭に優しくチョップをくらい、萌は目をまたたかせた。
西小というのは萌の通っていた小学校だ。
野球をやっていた頃は背も高く、活発なタイプだったので、男の子にモテるということもあまりなかった。でも野球を辞めたあたりでちょうど成長期も終わり、どんどんみんなに背を抜かされていった。するとどうしてか、男子に告白されることも増え始めた。
見た目で判断されているようで悔しい。今だってそうだ。かわいいって、なにそれ。萌のことを何も知らないくせに、見た目だけを褒められたって何も嬉しくない。
でもそんなことを言えば空気が悪くなるに決まっている。曖昧に笑って誤魔化しながら、ホームルームが始まるのを待った。
まずは学級委員を決めて、その後に他の委員会のメンバーを決めることになった。学級委員は男女共に立候補してくれた人がいて、すんなり決まる。女子の学級委員が黒板に各委員会の募集人数を書いていく。放送委員は各クラス一人だけのようだ。
委員決めは立候補制で、募集人数より立候補者が多い場合はじゃんけんで決めることになる。萌の希望していた放送委員は、他に立候補者がいなかったため、すぐに決まった。
てっきり先ほど何委員になるのかと訊いてきた山下が、同じ委員会に立候補するものだと思っていた。しかしよく考えてみれば、彼は萌と同じ委員会になりたかっただけで、このクラスから放送委員は一人しかなれないというのなら、一枠を萌と争っても意味がないだろう。
早々に委員会が決まった萌は、ぼんやりしながら他の委員が決まるのを眺めていた。特に人気があったのは体育委員だ。萌の通っていた西小の方は希望者がいなかったが、もう一つの小学校である中央小の出身者はなぜかこぞって立候補していた。
壮絶なじゃんけん大会の末、体育委員には男女一人ずつが選ばれた。負けてしまった女の子が泣いているのがひどく印象的だった。
萌の通う中学校は、学区内にある二つの小学校が合わさるので、知らない子が半分くらいいる。小学生の頃に一番仲の良かった幼馴染の陸は、リトルシニアのチームに入るため、部活動が強制ではない別の中学に進学してしまった。
萌は人見知りではなかったので、特別友達作りには困らなかったが、それでもクラスメイトの顔と名前を全員分覚えるまでは少し落ち着かなかった。
小学校四年生の春に野球クラブを辞めてから、萌は音楽クラブに入った。四年生からはクラブ活動が必須だったので、迷っていたところ、音楽クラブの先輩が声をかけてくれたのだ。
音楽は年齢差も男女差も体格差も関係ない、誰にでも平等にチャンスのあるクラブなんだよ、という言葉に惹かれて入部した。なんとなく選んだトランペットは楽しくて、中学校でも迷わず吹奏楽部を選択した。吹奏楽部はあまり人数が多い方ではなく、すぐにメンバーの顔を覚えられたので、萌にとってのホームになった。
「委員会決め?」
「そう。萌は何がやりたい?」
別の小学校から進学してきた百合絵は、クラスで一番最初に仲良くなった女の子だ。ちょっと気の強い性格だが、男子とも仲がいい。どうやら他のクラスに彼氏がいるらしく、まだ中学一年生なのにすごいねぇ、と萌は感心してしまった。
「私は放送委員かなぁ」
「えー! 面倒くさそうじゃない? 私は絶対生活委員! バスケ部の先輩が楽だって言ってた!」
委員会で楽をしたいという人もいるだろう。でもそれをここまで明け透けに話してしまう人もなかなか珍しい。
「小学校でも放送委員だったから」
「放送委員ってあれでしょ? お昼の時間に音楽流したりするやつ」
「うん。あとは体育祭とか文化祭でのアナウンスもやるんだって」
萌と同じ委員会が良かったけど絶対私には無理だ! と言い張る百合絵に、思わず苦笑する。
教室の中は委員会決めの話で盛り上がっていた。次のホームルームの時間に委員会を決める、ということをあらかじめ知らされていたからだ。
雨宮さん、とクラスメイトの男子に話しかけられて、萌は振り向く。
「あ、やまえもんじゃん」
「やまえもん?」
「山下のあだ名」
百合絵と同じ小学校だった彼は、山下くんというらしい。まだクラス全員の名前は覚えられていないんだよなぁ、と心の中で呟く。そして萌が誤魔化すように笑いながら、どうしたの? と訊くと、山下は真っ赤な顔で口を開いた。
「あのさ! 雨宮さんって何委員になる予定?」
その声が大きかったので、萌はびっくりして目を丸くする。そして質問の意図が分からずに首を傾げつつ、放送委員がいいかなって思ってるよ、と答えを返す。
「そっか! ありがとう!」
そのまま自分の席に戻っていく後ろ姿を呆然と見つめていると、百合絵がいたずらな笑みで覗き込んでくる。
「やまえもん、萌に気があるのかもね」
「えっ? まだほぼ初対面なのに?」
「気づいてないの? うちの小学校の子達の間で話題になってるよ。西小の方にかわいい子がいるって」
ぽすん、と頭に優しくチョップをくらい、萌は目をまたたかせた。
西小というのは萌の通っていた小学校だ。
野球をやっていた頃は背も高く、活発なタイプだったので、男の子にモテるということもあまりなかった。でも野球を辞めたあたりでちょうど成長期も終わり、どんどんみんなに背を抜かされていった。するとどうしてか、男子に告白されることも増え始めた。
見た目で判断されているようで悔しい。今だってそうだ。かわいいって、なにそれ。萌のことを何も知らないくせに、見た目だけを褒められたって何も嬉しくない。
でもそんなことを言えば空気が悪くなるに決まっている。曖昧に笑って誤魔化しながら、ホームルームが始まるのを待った。
まずは学級委員を決めて、その後に他の委員会のメンバーを決めることになった。学級委員は男女共に立候補してくれた人がいて、すんなり決まる。女子の学級委員が黒板に各委員会の募集人数を書いていく。放送委員は各クラス一人だけのようだ。
委員決めは立候補制で、募集人数より立候補者が多い場合はじゃんけんで決めることになる。萌の希望していた放送委員は、他に立候補者がいなかったため、すぐに決まった。
てっきり先ほど何委員になるのかと訊いてきた山下が、同じ委員会に立候補するものだと思っていた。しかしよく考えてみれば、彼は萌と同じ委員会になりたかっただけで、このクラスから放送委員は一人しかなれないというのなら、一枠を萌と争っても意味がないだろう。
早々に委員会が決まった萌は、ぼんやりしながら他の委員が決まるのを眺めていた。特に人気があったのは体育委員だ。萌の通っていた西小の方は希望者がいなかったが、もう一つの小学校である中央小の出身者はなぜかこぞって立候補していた。
壮絶なじゃんけん大会の末、体育委員には男女一人ずつが選ばれた。負けてしまった女の子が泣いているのがひどく印象的だった。