宏弥は大学側から個室を与えられている。
研究の中身にもよるようだが、狭いながらも個室を与えられた方が便利と言うことでほとんどの教員が個室を持ち、別に複数人で研究するための研究室があるという贅沢な環境だ。

但し個室には一切学生を入れないのが鉄則。
そもそもこの教員専用棟は独立しているので一切学生は入れないのだが、学生が忍び込んだり教員が招き入れたりというのはあるらしいので宏弥も釘を刺された。
女子達に追っかけ回されたりした経験を持つ宏弥からすればむしろありがたい。

学生との質問はそういう専門のエリアがあり、生徒側からの要望もあって簡単なパーティションのついたブースもある。
ようは他の人の目がある場所のみでしか学生と接触しないようになっている。

宏弥は一階にある個室に私物を置き、荷物を持って講義をする棟に向かう。
残念ながら便利だった白衣は禁止され、面倒だが色違いで買ったネイビーのジャケットを羽織っていた。

道に沿うように並ぶ木々はあっという間に若々しい葉を茂らせ、その新しい葉は日光に透かされて一層美しく光りながら空を彩る。

そんな並木道を抜け教室のある棟に入り廊下を歩けば女子学生達の明るい声が響き、宏弥はその中を通って教室に入った。


「「斎王」は原則天皇一代に一人が原則でした。
斎王の一番の役割は天皇と言う立場を神格化するために存在していたことです。
ですので神に仕える立場である以上、仏教というものは排斥されました。

しかし古代、平安の世などは怨霊など怪異のはびこる時代。
そういう事を対処するために斎王はいたわけではなく、実際は陰陽師や密教僧などが対応していました。

ですがそのような時代に生きる天皇は、自分の存在を固めるために内親王、実の娘や皇族を伊勢の神に差し出すほど。
神に穢れの無い娘を差し出すのだから、念には念を入れて仏にも差し出そうという考えが起きるのは自然だったのかも知れません。

そしてその役目を担うことになったと思われるのが『闇夜姫』です。

ただ斎王のように「日本書紀」などにその名は出てきていません。
一部では『闇姫』『宵姫』などという明記がありますが、おそらく『闇夜姫』として仕事をしていた娘は前からいたのでしょう。
聞き間違い、書き間違いもあるようですが、僕は一番詳しく書かれていた書物の『闇夜姫』で統一しています」

教卓に置いてある腕時計に視線を落とせば既に講義終了から三分過ぎていた。
学生達のその後の移動などを考えると、ここで終わらせなければならない。

「時間を過ぎましたね。ではここで終了とします」

学生達がざわざわと友人と会話をしたりしながら教室を出て行く。
今日の出席はゴールデンウィーク明け、いわゆる五月病もあるのか少なめだ。
そんな中最前列にいる学生にキラキラした目を向けられながらというのは何とも居心地が悪い。