「わかりました。僕の方があまり内容の無い話になりますが」
「構わないよ」
「聞いたのは父の母、僕の祖母になりますが、その祖母が自分の母が幼かった頃の話を昔してくれました。
ここでは子供、としておきますが、子供が夜の道に迷い真っ暗の中彷徨っていると、黒の着物に提灯を持った一人の女性が声をかけてきたそうです。
帰りなさいと言われ帰り方がわからないと子供が言うと、その女性は子供の手を引いて歩き出すのですが子供は嬉しくて沢山話しかけました。
子供が別れ際女性に名を尋ねると『闇夜姫と呼ばれている』と言った後、子供は目を覚ましたのです。
子供は実は三日三晩高熱に冒され、もう助からないのではという状況での生還でした。
祖母は、その人がいなければ貴方はいないのよと笑って言っていましたが」
余韻を残すように宏弥の声が止まる。
隆士郎はその話しを聞き、おそらく事実なのだろうと思った。
その子供の親族が病について宵闇師に祈祷を頼み、違う場所で祈祷していた姫と子供が繋がったのだろう。
子供や宵闇師など、時々姫とシンクロするような場合がある。
確かにその時その子供が死んでしまっていれば宏弥はいない。
「不思議な話だ。
なるほど、それで子供ながら闇夜姫に興味を持ったんだね」
納得したような隆士郎に対し宏弥はそうだとも違うともわからない曖昧な表情をしている。
この話そのものが嘘だろうか。
所詮はどちらも又聞き。
聞き間違い、覚え間違いだと言えばそれまでだ。
あまりここで詮索するのは得策では無いと考えた隆士郎は、おもむろに腕時計へ目線を向けた。
「そろそろ次の予定に向かわなくては」
隆士郎が椅子から立ち上がり、出口に向かうのを宏弥も付き添う。
「先に話しておいたとおりこの棟自体が閉まっても君の指紋でドアは全て開けられる。だから君の都合の良いように出入りして構わない。
ただ息子達が心配するだろうからあまり遅い時間までは遠慮して欲しいね」
「隆智くんの手料理を取り上げられるのは辛いのできちんと話します」
そうだね、と隆士郎が目の横に皺を寄せて笑う。
「あと、調べるついでに片付けてもらえると助かるかな、もちろん出来る範囲で構わないが」
「むしろそれが真の目的でこの大学に呼ばれたのではと林田教授と話していました」
「まさか本来の目的がバレていたとは。流石は林田さんだ」
笑い声を上げ、楽しげに宏弥を見た。
「君の欲しいものが見つかることを祈っているよ」
既に閉まった味気ないドアを見て、宏弥は再度中に戻る。
ずらりと並ぶ無機質な棚には、本当に欲しいものがあるのだろうか。
もしも隆士郎が自分を警戒しているなら、見つかるとしても核心に迫る物を置いているはずは無いだろう。
それでも。
宏弥は自分の中でゾクゾクとする感情に気付きつつ、スマホにアラームをセットして宝の山かそれともただの砂なのかわからないその中に、一歩踏み出した。