家と土地を購入した者から行われる、老犬への対応に関しては、その専属獣医が老犬の身体の状態等をチェックし、常に弁護士側に報告する流れになっている。

 食事を与えない、不調が出たにも関わらず獣医への連絡を怠る、虐待など、約束事を破る兆候や症状が確認された場合、家の所有権利を失うという誓約書にまでサインをさせられた。

 とはいえ、萬狩はそこについては重圧を覚えていなかった。

 酒井の説明とマニュアルを見る限り、老犬の生活リズムの中で決まった時間に適量の食事を与え、トイレシートを交換すればいいだけである。面倒をみるといっても簡単な、最低限の手助けだけなので、それなら俺にも出来そうだと考えていた。

 老犬に関しては、前家主が残した財産から全てが支給されており、萬狩の懐から一切費用がかかる事もない。

 そのうえ、老犬が暮らす家の水道、電気、ガスにおいても五割はあちら持ちであるし、風変わりな『条件付き物件』ではあるが、こんなに美味い話はないだろう、とも思った。

「今後、家に関わる事、老犬に関わる疑問や相談などありましたら、弁護士事務所までご連絡下さい。老犬の体調や生活に関しては、訪問される獣医へそのまま相談されても問題ございません」

 我々は、その獣医から都度報告を受けておりますので、と酒井は当然のように語った。

 筒抜けなのでしっかり面倒を見ろよ、と遠回しに嫌味ったらしく牽制されているような気もしたが、飛行機代と長時間の説明だけで、安く土地と家が手に入ったと満足もしていた萬狩は、気にならなかった。

 多分、俺の考え過ぎだろう。こいつは、もしかしたら愛犬家というやつかもしれないし、財産の中から高い契約金でも貰って仕事意識が高くなっている、という可能性もある。

 つまり気のせいだと、萬狩の機嫌は非常に良かった。

 契約を済ませて出ていく萬狩を見送った酒井が、「第一印象を裏切らないというのも、珍しい方ですね」意外と単純で呆れます、と表情なく眼鏡を押し上げた。