***
――いなくなった男の子を探して会場周辺を探索中、偶然見つけた成外内神社への入り口。
ここにいるかもしれないという予感と、単なる好奇心と、その両方を抱えて長い石段を登りはじめる私。
ふいに天気が崩れだし、突然降ってきた雨。
辿り着いた寂れた境内の片隅で、蹲り泣きじゃくる男の子の姿。
『ねえ、きみ、えいすけくん?』
『……!』
『わたし、つきの。みんながさがしてるよ』
探しにきた相手が自分の両親ではなく、見ず知らずの私だったことに不満を示しさらにわんわん泣き出すその子。
こまったなあ。そんなところにいたらぬれちゃうし、かぜ、ひいちゃうよ。
なんとか男の子を宥めて杜の下に移動して、二人で雨宿りしながらいろいろな話をしたっけ。
えいすけくんは喧嘩した両親に仲直りして欲しくて会場を飛び出したこととか。
彼は兄の光亮くんや両親とまた四人で暮らしたいと願っていることとか。
つきのちゃんのお母さんとお父さんは仲良し? って聞かれたから、お父さんはいないよって正直に話したこととか。
そうそう。それを告げると、えいすけくんは心底驚いていた。
そりゃ驚くよね。彼には会おうと思えば会える親がいるけど、わたしにはいない。
この頃の私たちにとって親の存在はすごく大きなものだったから、自分より大変な境遇の子がいると知ってえいすけくんはぴたりと泣き止んだ。
私は不満こそあれ母の愛情を独り占めできていたし、そこまで自分が不幸だとは思っていなかったのだが、憐れまれたおかげで一気に潮目が変わったので一先ずほっとする。
励ましていたつもりが逆に励まされて、なんとか笑顔を取り戻した私たち。
ふと、えいすけくんは杜の軒先にぶら下がっている小鈴を見上げて言った。
『まえにここにきたとき、“どうしても結びたい縁があるなら、神様からこの鈴を一つ借りて肌身離さず持ち歩くといいって昔から言い伝えられているのよ” って、おかあさんがいってた。だから、ひとつかりていこう』
――と。
私とえいすけくんは協力して軒先から小鈴をひとつ取り、えいすけくんの手の中に握らせて彼の両親が元通りになるよう願いを込めた。
すると今度はえいすけくんがもう一つ借りようと言い出したので、私たちは再び石段に登り精一杯背伸びをしてもうひとつ取った。
えいすけくんは私の父親が見つかりますようにと切実に願いを込め、こちらにそっと手渡してきたので、私はそれを受け取り大切に大切に手の中に握りしめる。
『これでもうだいじょうぶ』
満足した私たちは笑顔を交わし、雨足が弱まった隙にみんなが待つ会場に戻ろうと急ぎ足で石段を駆け降りる。
雨が完全に上がるまで待てばよかったものの、幼い私たちにはいつ雨が止むかなんてわかるはずもなかったから、程なくして再び雨足を強めた豪雨に打たれ、見事にずぶ濡れになった。
手を繋ぎ、雨風に逆らいながらすぐ近くにあるバーベキュー会場を目指す私たち。
信号のない横断歩道を渡ろうとした時、道の反対側に私の母親が立っているのを認めた。
『危ないからそこにいなさい!』
風雨の音に遮られながらも辛うじて聞こえたその台詞。
私はぴたっと歩みを止めたけれど、えいすけくんは走ってくる車に気づかず横断歩道を渡ろうとした。
私たちは手を繋いでいたので手を引っ張られたえいすけくんは滑るように転び、そのはずみで彼の手の中に握られていた小鈴が車道に転がっていった。
『‼ ぼくのすずっ!』
私たちにとってのそれは、幸せな家族を象徴するようなもの。
だから、急に手を引いたせいで彼のそれが壊れてしまうかもしれないと焦った私は、慌てて転がった小鈴を追いかけた――。
――いなくなった男の子を探して会場周辺を探索中、偶然見つけた成外内神社への入り口。
ここにいるかもしれないという予感と、単なる好奇心と、その両方を抱えて長い石段を登りはじめる私。
ふいに天気が崩れだし、突然降ってきた雨。
辿り着いた寂れた境内の片隅で、蹲り泣きじゃくる男の子の姿。
『ねえ、きみ、えいすけくん?』
『……!』
『わたし、つきの。みんながさがしてるよ』
探しにきた相手が自分の両親ではなく、見ず知らずの私だったことに不満を示しさらにわんわん泣き出すその子。
こまったなあ。そんなところにいたらぬれちゃうし、かぜ、ひいちゃうよ。
なんとか男の子を宥めて杜の下に移動して、二人で雨宿りしながらいろいろな話をしたっけ。
えいすけくんは喧嘩した両親に仲直りして欲しくて会場を飛び出したこととか。
彼は兄の光亮くんや両親とまた四人で暮らしたいと願っていることとか。
つきのちゃんのお母さんとお父さんは仲良し? って聞かれたから、お父さんはいないよって正直に話したこととか。
そうそう。それを告げると、えいすけくんは心底驚いていた。
そりゃ驚くよね。彼には会おうと思えば会える親がいるけど、わたしにはいない。
この頃の私たちにとって親の存在はすごく大きなものだったから、自分より大変な境遇の子がいると知ってえいすけくんはぴたりと泣き止んだ。
私は不満こそあれ母の愛情を独り占めできていたし、そこまで自分が不幸だとは思っていなかったのだが、憐れまれたおかげで一気に潮目が変わったので一先ずほっとする。
励ましていたつもりが逆に励まされて、なんとか笑顔を取り戻した私たち。
ふと、えいすけくんは杜の軒先にぶら下がっている小鈴を見上げて言った。
『まえにここにきたとき、“どうしても結びたい縁があるなら、神様からこの鈴を一つ借りて肌身離さず持ち歩くといいって昔から言い伝えられているのよ” って、おかあさんがいってた。だから、ひとつかりていこう』
――と。
私とえいすけくんは協力して軒先から小鈴をひとつ取り、えいすけくんの手の中に握らせて彼の両親が元通りになるよう願いを込めた。
すると今度はえいすけくんがもう一つ借りようと言い出したので、私たちは再び石段に登り精一杯背伸びをしてもうひとつ取った。
えいすけくんは私の父親が見つかりますようにと切実に願いを込め、こちらにそっと手渡してきたので、私はそれを受け取り大切に大切に手の中に握りしめる。
『これでもうだいじょうぶ』
満足した私たちは笑顔を交わし、雨足が弱まった隙にみんなが待つ会場に戻ろうと急ぎ足で石段を駆け降りる。
雨が完全に上がるまで待てばよかったものの、幼い私たちにはいつ雨が止むかなんてわかるはずもなかったから、程なくして再び雨足を強めた豪雨に打たれ、見事にずぶ濡れになった。
手を繋ぎ、雨風に逆らいながらすぐ近くにあるバーベキュー会場を目指す私たち。
信号のない横断歩道を渡ろうとした時、道の反対側に私の母親が立っているのを認めた。
『危ないからそこにいなさい!』
風雨の音に遮られながらも辛うじて聞こえたその台詞。
私はぴたっと歩みを止めたけれど、えいすけくんは走ってくる車に気づかず横断歩道を渡ろうとした。
私たちは手を繋いでいたので手を引っ張られたえいすけくんは滑るように転び、そのはずみで彼の手の中に握られていた小鈴が車道に転がっていった。
『‼ ぼくのすずっ!』
私たちにとってのそれは、幸せな家族を象徴するようなもの。
だから、急に手を引いたせいで彼のそれが壊れてしまうかもしれないと焦った私は、慌てて転がった小鈴を追いかけた――。