「【不要なる審問――開かれた心の扉――ここは嘘吐きのいない世界】――【忘却された偽り】」
再びヒィンベーレを拘束した後。
ミストラルの情報を引き出すために、今度こそ自白魔法による尋問が始まった。
主に聞き出したいことは、ミストラルの“目的”と“今後の動き”、それから保持している“構成員”と“兵器”の情報である。
それとミストラルの隠れ家についても。
一応、私の【我儘な呼び出し】で探し出すこともできるけど、聞いた方が早いからね。
ちなみに他の内通者は、ヒィンベーレが知る限りでは自分以外にいないとのことで、彼だけが有益な情報源となる。
学園長さんと数人の先生、加えて私が静かに待つ中、ぼんやりとした様子のヒィンベーレが覇気のない声で話し始めた。
「俺たちの目的は、魔術国家の転覆と、魔法至上主義の常識を転換させることだ」
「常識の転換?」
「魔法という才能のみでしか個々人を測れない、そんな常識を覆すことが俺たちミストラルの最終目的だ」
現状の魔法至上主義に不満を抱いた者たちが集った組織――反魔術結社ミストラル。
魔術国家を滅ぼそうとしている悪い奴ら、という曖昧な認識でいたけど、そのようなことを考えていたとは初耳だ。
常識を覆すって、いったいどうやってそれを実現させようというのだろうか?
「魔法の才能こそが人間の価値そのもの。この国ではその他の力はまるで評価されず、魔力値と魔素の性質だけが個人の指標となっている。国民たちもすでにその考えに毒され、近頃は他国でも魔法技術を積極的に取り入れる動きを見せ始めている。世界がふざけた思想に汚染させる前に、俺たちミストラルが常識を変えるんだ」
ヒィンベーレは先刻よりも厳重な拘束を受けた状態ながら、自白魔法の影響で心根の笑みを漏らす。
「魔術国家の転覆さえ叶えば、世界も魔法に対する見方を改める。魔法の才能など不要だということにな」
「して、具体的にどのようにして今の常識を転換させようと言うつもりじゃ? 魔法の才能こそが人間の価値そのもの。そこまで言うつもりはないが、魔法の利便性や軍事的価値は何百年も前から示されており、人類の歴史に野太い根を生やしておる。今さらミストラルがどうしたところで意味はないと思うが」
皆の疑問を代弁するように学園長さんがそう問うと、ヒィンベーレは正体を隠していた時とは打って変わって、不気味な笑顔を見せながら答えた。
「近く、“大規模な侵攻”が行われる」
「侵攻?」
「魔獣の大群を用いた大規模な侵攻だ。凶暴化した魔獣が人々を襲うべく、魔術国家の中心とも言える王都ブロッサムに押し寄せることになる」
続けてヒィンベーレは得意げになって力説する。
「散々持て囃されてきた魔術師たちが、呆気なく魔獣たちに蹂躙されたのち、俺たちミストラルが代わって魔獣たちを始末する。それにより魔法に寄りかかるだけだった愚鈍な魔術師たちの地位は失墜し、代わりに俺たちが人類の常識として根づくことになるんだ!」
ヒィンベーレの悪意に満ちた笑い声が室内に響き、この場にいる全員が不快そうに眉を寄せる。
学園長さんも顔に嫌悪感を滲ませながら、呆れたように肩をすくめた。
「大量の魔獣を町に寄越して、魔術師たちの代わりにそれを倒して英雄を気取るわけか。自作自演もいいところじゃな。そんなことをして本当に世界の常識を変えられるとでも思っておるのか? 何よりどのようにして魔獣を王都にけしかけるというのじゃ……?」
「“魔道具”だ。ミストラルの計画はすべて魔道具によって行われる。魔法の才能に溺れている魔術師どもを出し抜き、知識と研鑽のみでその存在を否定してみせる」
それを聞き、周りの先生たちが僅かにざわつく。
魔道具。
確かにそれなら常識外のことを成し遂げることも不可能ではない。
それに奴らが頼るなら魔道具くらいしかないだろう。
『魔道具は魔術師のための物じゃなくて、非魔術師のための物だから』
魔道具研究会の先輩であるピタージャ先輩の言葉が脳裏に蘇る。
魔道具では魔法以上のことをするのは難しいとされており、人々の生活を多少手助けする程度の役割しか果たしていない。
そのため魔道具を軽視する者も少なくはないが、奇跡的な確率によって魔法以上のことを実現できるようになる魔道具も誕生するとのことだ。
ミストラルがもしそういった魔道具を完成させているとしたら、王都に魔獣をけしかけることも可能かもしれない。
「んっ?」
王都に凶暴な魔獣たちが押し寄せて来る?
あれっ? どこかで聞いたことがあるような……
頭の片隅に引っかかりを覚えていると、その思考を遮るようにヒィンベーレが続けた。
「そのために俺たちは実験を繰り返してきた。魔獣を凶暴化させる魔道具も研究し、魔術師の魔素を弱らせる魔道具もすでに完成させている。じきに王都では凶暴化した魔獣たちが暴れ回り、弱まった魔術師たちが蹂躙される光景が映し出されることだろう。それもこれも、この俺が学園に潜入しながら道具の試験をしたおかげってわけだ……!」
「魔獣の凶暴化に、魔術師の魔素の弱体……」
また全員がハッとした様子で目を見張っている。
期末試験の時、日知らずの森で一部の生徒が魔素障害を引き起こし、魔法が正常に機能しなかったことがあった。
加えて森の中の魔獣も、不自然に凶暴化している個体が発見されて、通常通りに試験を行えなかった生徒が少なからずいたらしい。
同じように入学試験の時も、魔獣が想定よりも凶暴になっているという報告があって、試験官を務めていたレザン先生が憶測でミストラルの介入を予感していた。
その詳しい原因はいまだにわかっていない。
しかし今の発言から、“魔獣の凶暴化”と“魔素の衰弱”にミストラルが関係していることは確定的となった。
まさか本当にこいつらが仕掛けていたことだったなんて。
「生徒らが学園依頼を達成できずに不調を訴えていたのも、やはりお主らの仕業だったというわけか……! 入学試験でのことも、それ以前の事件も……いったいいつからこのような馬鹿げたことを計画していたのじゃ!」
珍しく声を荒らげる学園長さんを見て、周りの先生たちも緊張感を募らせる。
私もその空気に当てられて息を飲んでいると、ヒィンベーレが学園長さんの問いかけに対して返答をした。
その答えに、私は思わず耳を疑うことになる。
「俺たちはずっと準備をしてきた。十二年前、“王都ブロッサムへの魔獣侵攻”を成功させた時から、この計画は始まったんだ」
「…………はっ?」
声を漏らしたのは、私だった。
奴は何気ないつもりで答えたのだろう。
学園長さんたちも特別驚いた様子はなく、少しだけ意外そうな顔をしているだけである。
しかし私だけは、奴から明かされたその事実に、心臓が痛いくらいに跳ね上がってしまった。
十二年前? 王都への魔獣侵攻?
「ちょ、ちょっと待って……」
「あっ?」
「あんた今、王都ブロッサムへの魔獣侵攻って言った? それってもしかして……」
思わず聞き返すと、周りの先生たちが不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。
その視線を気にする余裕もないほど、今の私はひどく気持ちが焦っていた。
知らずに険しい顔をしていたのか、ヒィンベーレが怪訝な顔でこちらを見ながら返してくる。
「その歳でもさすがに知っているはずだ。王都で起きた稀代の大事件……『大災害』とも呼ばれた魔獣被害のことを。あれは俺たち、ミストラルが引き起こした事件だ」
「……」
改めてヒィンベーレからそれを聞かされて、私は言葉を失う。
思いがけず知ることになった衝撃的な事実に、人知れず声を震わせた。
「うそ、でしょ……? だって、それじゃあ、あの人はただ……」
「な、何かあったのかサチ? 大災害がいったいどうしたというのじゃ……」
脳裏に蘇るは、“大好きな恩人”の懐かしい声。
『本当に起きちゃったんですよね、大災害』
およそ十年前、グラシエール家から追放された私を、暗い森の中で助けてくれた恩人。
そして私に魔法を教えてくれた師匠でもあり、優しく育ててくれた家族でもある。
魔導師マルベリー・マルムラード。
大好きなその人のことを思い出しながら、私は告げられた事実に身を震わせた。
『滅多に見ることのない伝説級の魔獣たちが、何十体も王都ブロッサムに押し寄せてきたんですよ。原因は何もわかっていません。そしてわかっていないからこそ、王都で暮らしていた魔導師の私に、疑いの目が殺到しました』
マルベリーさんは魔素の声が聞こえる体質を持ち、災いを招く魔導師として恐れられていた。
そして大災害をきっかけに『咎人の森』という鳥籠に囚われることになり、そんなマルベリーさんを外に出してあげるために私は国家魔術師を目指すことにしたんだ。
国家魔術師として名前をあげて、世間から実力を認めてもらえたら、きっと私の声に耳を傾けてくれると思ったから。
マルベリーさんは悪い人じゃない。魔導師が災いの元なんてただの迷信だ。王都で大災害が起きたのはただの偶然だって。
でも、そうじゃなかった。
そもそも偶然でも災いでもなんでもなかったんだ。本当の元凶は……
「全部、全部……!」
私は憤りを抑え切れず、我知らずヒィンベーレの襟元に掴みかかる。
元凶の組織の構成員であるヒィンベーレに、鋭い視線を向けながら、奥歯を強く噛み締めた。
「ど、どうしたのじゃサチ・マルムラード!? 急に何を……」
「十二年前に引き起こした大災害……! その原因だって疑われて咎人の森に幽閉された『魔導師』がいる……! あんたはそのことを知ってるの!?」
この問いかけにさほどの意味はない。
しかし聞かずにはいられなかった。
ぼんやりとしていたヒィンベーレは、私の問いかけを受けて目を丸くする。
その直後、途端に吹き出すような笑い声を漏らした。
「ブハッ! そういえばいたな、そんな奴が」
「……っ!」
「ミストラルの“隠れ蓑”になった女魔導師だろ。ありゃ傑作だったな! すべて俺たちが仕組んだことだったのに、勝手に犯人扱いされててよ。町の連中からも非難の嵐だ。傍らで笑いを堪えるのが大変だったっつーの!」
ヒィンベーレの下品な笑い声が耳に響く。
同時にマルベリーさんの悲しげな顔が脳裏をよぎり、これまでにない感情が芽吹くのを感じた。
『もう、一人でこんな森にいるのが、寂しくて仕方がなかったんですよ』
私の中で、何かが切れた。