なんでまだ森の中にいるの?
 もうとっくに試験開始地点に戻って合格を決めていると思ったのに。
 そんな彼女の前に立つ三人組は、見るからに肉付きが良くて、健康的な生活を送っているのだとわかる。
 高そうな杖やら装飾品も身に付けていて、いいとこのおぼっちゃま感が漂っている。
 ていうか筆記試験の時に見たので、彼らも試験参加者だろう。
 あんなところで何をしているんだろう?
 ここからじゃ詳しい状況はわからないけれど、たぶん男子三人組が青ずきんちゃんに詰め寄っているのだと思われる。
 その証拠と言わんばかりに、三人組のうちの一人――リーダーらしき金髪の少年が、強気な態度で少女に言った。

「手に入れた胚珠をこちらに渡せ。それは“平民”のお前が持っていても意味のない物だ。魔術学園に入学するべきなのは、私たちのような高貴な一族の者たちなのだからな」

「……」

 その威圧的な態度に、青ずきんちゃんは見るからに萎縮してしまう。
 フードで覆っている顔をさらに隠すように深く俯いてしまった。
 目を凝らすと、少女の小さな手には死花(アイビィ)の胚珠と思われる拳大ほどの白い玉が、大切そうに握られている。
 何このわかりやすい恐喝。
 少し野次馬気分で見に来たのだけれど、かなり胸糞悪い景色だな。

「そもそもお前みたいな平民が、よく俺たち貴族に混じって魔術学園の入試を受けようと思ったな。生まれながら魔法の才能で劣ってるとわかってるのに」

「場違いだとは思わなかったのか?」

 他の二人の男子にも悪態をつかれて、少女はさらに身を縮こまらせてしまう。
 そしていよいよ金髪の少年が、少女の手に握られている胚珠を素早い手つきで奪い取ってしまった。
 それに対して何もすることができない青ずきんちゃんに対して、少年はさらに毒を吐きつける。

「それがたまたま“運良く”一足先に魔獣を見つけて、これまた“運良く”討伐ができたというだけで、私たちの合格枠を一つ潰されては困るんだよ。お前のように運だけで合格して、本当に実力がある者が落第するなんてこと、絶対にあってはならないんだ」

 少年が胚珠を手元で遊ばせながら吐いた台詞に、少女は何も言い返すことができなかった。
 完全に気持ちで負けてしまっている。
『私は幸運値0の不幸少女だから、これは運じゃなくて実力で取ったものなんだよ』くらい言えばいいのに。
 それを傍から見ていた私は、何かに駆られるように茂みの裏から飛び出し、ため息混じりに声を挟んだ。

「運も実力のうちなんじゃないかな?」

「んっ?」

 全員の視線がこちらに殺到する。
 あまり人に見られるのに慣れていないため、なんだか居心地悪いな。
 やっぱり出しゃ張らなきゃよかったかも。

「さ、さっきの……」

「また会ったね青ずきんちゃん」

 意外そうな顔でこちらを見る青ずきんちゃんに、私はひらひらと手を振る。
 そんな呑気そうな私を傍から見て、金髪の少年は不機嫌そうに顔をしかめた。

「誰だお前は?」

「同じ試験に参加してる受験者だよ」

 我ながら面倒なことに首を突っ込んでしまったと今さら後悔する。
 こんな気分の悪い場面なんて、見て見ぬ振りしてどこかに行ってしまえばよかったのに。
 でも、“運”をバカにする連中を放っておけないと思った。
 何よりも、小さな女の子を男三人で取り囲んでいるという光景を、どうしても見過ごすことができなかった。
 そんなに正義感強かったっけ私?

「受験者、か」

 金髪の少年は私のことを同じ入学志望者だとわかった途端、勝気な笑みを浮かべた。
 そして突然、自身の胸元に付いているバッジらしきものを指差し、再び問いかけてくる。

「見たところ、君も家章(かしょう)を持っていないようだが、まさか忘れてしまったのかい? 生まれはどこの名家なのかな?」

「家章?」

 何のことだかさっぱりだった。
 家章って何? その胸に付いているバッジのことを言っているのかな?
 ただ、生まれがどこなのか聞かれているのだけはわかった。
 それが今この状況に関係あるのかな? まあいっか。
 私は少し考えてから返答する。

「普通に山奥の民家生まれだけど」

「んっ? ハハッ、失礼失礼、これは私の聞き間違いかな? 今確かに山奥の民家と……?」

「だからそう言ってるじゃん」

 すると金髪は、一層甲高い笑い声を森の中に響かせた。

「ハハハッ! いやまさか本当にそんな生まれの田舎者が、この王立ハーベスト魔術学園の入学試験を受けているとは思わなくてね。そうか、山奥の民家か……」

 奴はククッと、堪えるような笑い声を漏らし続けている。
 すると今度は別の二人が、強気な態度で毒を吐いてきた。

「んな奴も同じ試験を受けてると思うと寒気がするな。才能無しの平民風情が、俺らと同じ舞台に立てると思ったら大間違いだぞ」

「こういう思い上がった平民たちが多いと本当に困るね。合格できないとわかっていながら受験するなんて、邪魔者以外の何者でもないな」

 二人の言葉を聞いて、ようやく家章というものが何かわかった気がした。
 ようはあのバッジは、家柄を示した徽章みたいなものってわけだ。
 名家生まれの人たちはそれを胸元に付けて、周りに出自を示しているのだろう。
 で、何も付けていない平民の私たちを見下していると。
 ……くだらない。

「やってもみないで不合格になるって決めつけるなんて、バッカみたい」

「な、なんだと!」

「これは魔術学園に入学するための試験で、貴族と平民を分けるための試験じゃないの。実力がすべての試験内容なんだから、誰が合格するかなんてまだわからないでしょ」

 試験官さんは死花(アイビィ)の胚珠を持ち帰って来いと言ったのだ。
 貴族だけを合格させるとは一言も口にしていない。
 それなのに身分の違いだけで試験の合否を決めつけるなんて、心底くだらないと思う。
 すると今度は金髪が、再び不機嫌そうな表情になって反論してきた。

「魔法の才能はほとんどの場合、血筋によって決まるものなんだけど、もしかしてそのことを知らないのかい?」

「だからってあんたたちが私たちより優秀だって証拠にはならないでしょ。現に今、先に魔獣を倒して胚珠を手に入れていたのはその子の方なんだし、傍から見たらその子の方が優秀ってことになるんだけど」

「だからそれが“運が良かった”だけだとさっきも言っただろう。この先そんな運任せで生き残れるほど魔術師の世界は甘くない。ゆえに私たちが代わりに、お前たちに引導を渡してやる」

 金髪は水色髪の少女から奪った胚珠を手元で遊ばせながら、自信満々に言い切った。

「お前たちは魔術師にはなれないよ。無駄死にする前にさっさと山奥の民家にでも帰ることだな」

 その声を合図にするように、他の二人が盛大な笑い声を響かせた。
 そして三人は揃ってどこかへ行ってしまう。
 私はその背中を追い掛けながら、金髪たちを呼び止めようとした。

「ちょ、この子の胚珠返しなさいよ! 他の受験者から奪うのは反則って言われたでしょ!」

「危害を加えて奪うのは、だ。私たちは別にその平民に手を加えてはいないよ」

「そ、そんな屁理屈通用すると思って……!」

 だが、予想外にも背中の裾を誰かに掴まれて、追い掛けることができなかった。
 振り向くとそこには、今にも泣き出しそうな顔をした、あの水色髪の少女が立っていた。

「も、もういいですから。私の胚珠は気にしないでください」

「どうして? あいつらは自分の力じゃなくて、あなたが手に入れた胚珠で合格しようとしてるんだよ?」

 取り返してやろうという気にはならないのだろうか?
 だが、そんなことを言い合っている間に、奴らの姿は見えなくなっていた。
 後に残された私と女の子は、静寂の中で気まずい視線を交換する。
 なんで私のことを止めたのだろうかと不思議に思っていると、青ずきんちゃんは申し訳なさそうに理由を語った。

「これ以上争ってしまったら、あなたまであの人たちにひどいことをされてしまいます。私のせいで誰かが不幸になるのは、もう見たくないんです……」

「……」

 なんだろう、その言い方は。
 まるで以前にも他の誰かを巻き込んで不幸にしてしまったみたいな。
 そんなの私は気にしないし、たぶん私だったらそんなことにはならないと思うんだけど……
 しかし少女は悲しそうな顔をするだけで、連中の後を追いかける素振りをまるで見せなかった。
 もしかして、私だけじゃなくて、あの三人組も不幸に巻き込んでしまわないか心配しているのだろうか?
 そんな気遣いいらなくない? むしろ巻き込んでやろうという気にはならないのかな?

「……ま、取られちゃったものはもうしょうがないか」

 連中の姿はもう見えなくなっており、足音もすでにまったく聞こえない。
 私は大きなため息を吐いて、一旦はあの胚珠を諦めることにした。
 手に入れた本人がもういいと言っているんだし、私がこれ以上出しゃばる必要はない。
 となれば残された選択肢は一つ。

「胚珠はまた新しく手に入れれば問題はないし、早いところ死花(アイビィ)を探せば大丈夫でしょ」

 まだ実技試験開始から四十分ほどしか経っていない。
 死花(アイビィ)を探す時間はまだまだ残されている。
 だから諦めるのは全然早いのだ。
 だが少女は気落ちした声で、すでに試験を放棄したような台詞をこぼした。

「どうせ、また誰かに取られちゃいますよ。やっぱり私みたいに不運な人間が、国家魔術師になろうだなんて烏滸がましかったんです。生まれも平民で場違いですし……」

「……」

 次第に涙声になっていくのを聞き、私は思わず胸を痛める。
 少女はその場から動こうとしなかった。
 それどころか、森の奥にではなく出口の方を振り返って、そちらに歩き始めてしまった。
 どうやらもう帰るつもりらしい。
 死花(アイビィ)の胚珠を再び手に入れたとしても、また誰か他の人に取られてしまうと思っている。
 あの三人組からの罵倒が相当効いているみたいだ。
 卑屈になってしまうのも無理はない。
 それにこの子は気が弱い性格みたいなので、余計に心に深い傷を負わされてしまったのだろう。
 それなら……

「……じゃあ、今度は私が守ってあげるよ」

「えっ?」

「もう誰にも胚珠を取られないように、側にいて守ってあげる。意地悪してくる貴族の連中を絶対に追い払ってあげるから、だから一緒に試験頑張ってみようよ」

 遠ざかる少女の背中を見て、私は堪らず呼び止めた。
 そして行かせたくないあまり、早計だったと思える提案をしてしまう。
 さすがに過保護すぎる提案だっただろうか。
 だが、それが功を奏したのか、水色髪の少女は足を止めてくれた。
 そしてこちらを振り返り、涙の伝った顔を不思議そうに傾けた。

「どうして?」

「んっ?」

「どうして、助けてくれるんですか? 今も、さっきも、どうして私のことを……」

 うーん、どうしてだろう?
 改めてそう聞かれると、なんだかはっきりとした答えが浮かんで来ない。
 なんで私はこの子のことを助けようと思ったのだろうか?
 今だけではなく、さっきのこともそうだ。
 ちょっとの間だけではあったものの、一緒にポーチ探しも手伝った。
 可愛い女の子が困っているから? この子が可哀想だと思ったから?
 もちろんそれもある。
 でも、やっぱり一番の理由は……

「私の恩人なら、同じことをしてたと思うから」

「お、恩人?」

「魔術師を目指すきっかけをくれた人で、私の命の恩人なんだ。物凄くかっこいい魔術師で、私もいつかはその人みたいになりたいって思ってるから」

 もしもさっきの場面を、私ではなく、マルベリーさんが見ていたとしたら。
 心優しい彼女なら、迷いなく同じことをしていたと思う。
 だから言っちゃえばこれは、マルベリーさんの真似事なんだよね。
 憧れている人の真似。真似をすれば少しでも近づけると思ったから。
 私なんて別に“優しくない”し、自分が正しいと思ったことを是が非でも通すだけの、自己中心的な性格だしね。

「……助けてくれるのは、とても嬉しいんですけど、やっぱり私とはあんまり関わらない方がいいと思います」

「どうして?」

「……私と一緒にいると、みんな不幸になるからです」

 少女は何か思うところがあるような顔をしている。
 一緒にいると不幸になる、か。確かにこの子に会ってからいいことは起きていない気がするけど。
 でも特別悪いことだって何も起きていない。
 それに……

「あぁ、それなら全然大丈夫。こう見えても私、幸運値だけが取り柄なんだよね。幸せになることに関してなら、他の誰にも負けない自信があるからさ」

「そ、そうは言いましても、取り返しのつかないことになってからじゃ遅いと言いますか……」

 なんかうだうだ言い始めてしまったので、私は焦ったいと思って青ずきんちゃんの手を取った。

「さっ、時間もあんまりないし、早いところ魔獣を探しに行こう。あなたといると不幸になるのかもしれないけど、それは不幸になった時にどうすればいいか考えれば良くない?」

「そ、そんな無茶苦茶な……!」

 何か言いたげに口を開きかけていたけれど、有無を言わす暇を与えずに手を引っ張った。
 すると彼女は抵抗することなく、私の後ろを静かについて来てくれる。
 やがて手を離してもちゃんと後に続いてくれたので、一緒に試験を受けることに了承してくれたのだとわかった。
 いや、諦めがついたと言った方がいいかな。
 私の根気が勝ったというわけだ。見掛け通り押しに弱い子のようだ。
 そして私は今になり、あることに気が付く。

「そういえば、お互いに名前知らなかったね。私の名前はサチだよ。青ずきんちゃんのお名前は?」

「わ、私は、ミルティーユです。ミルティーユ・グラッセ」

「ミルティーユ……ミルちゃんか。うん、よろしくねミル」

「……よろしく、お願いします」

 こうして私とミルは、協力して入学試験に挑むことになった。
 ミルはあんまり乗り気じゃなさそうだけど。
 それにしても、この子……

『お前たちは魔術師にはなれないよ』

 あいつらはこの子に対してきっぱりとそう言い切った。
 平民では魔法の才能がないから魔術師にはなれないと。
 でも、それは違う。
 この子は誰よりも早く死花(アイビィ)を倒して、胚珠を入手した。
 しかも単独でだ。気弱そうに見えるけれど、おそらく入学志望者の中でも飛び抜けた才能を持った人物である。
 単純にその才能を埋もれさせるのは惜しいと思ったんだよね。
 実際に近くでその才能の片鱗でも見られればいいなと思い、私はこの子を助けようと思ったのだ。