超人疾走。
訓練場にて行われるその競技は、国家魔術師の卵たちによる全力の“駆け比べ”。
魔法の才腕を存分に振るい、コースに用意された厄介な障害を乗り越えていく種目である。
時に優雅に、時に過激に、時に風のようになって魔術師たちが険しい道のりを駆け抜けていく。
その光景を見た者が、『超人たちによる疾走劇』と例えたことから、この競技は超人疾走という名前が付けられたそうな。
「…………ま、言っちゃえばただの障害物競争だけど」
私は訓練場の隅っこで辺りを見渡しながら、人知れず肩をすくめた。
色々と格好のよさそうなことを並べてはいるが、所詮はただの障害物競争である。
もちろん走者が魔術師なので、それなりに難しい障害を設けられてはいる。
魔法を使わなければ越えられないような壁、土系統魔法で作られた沼のような足場、突風や火の粉が吹き荒れるコース。
それらを掻い潜りながら、他の魔術師たちからの妨害にも対応して、ゴールを目指していくまさに超人たちのための競技。
しかし他の競技のように見応えがあるかと言われればそうではなく、どちらかと言えば泥臭い種目だと思う。
だから競技場となるこの訓練場には、あまりお客さんが入っておらず、ほとんどの人はグラウンドで行われている別の競技に夢中になっている。
「……これじゃあ目立つのは無理かなぁ」
競技決めの時点から察してはいたけど、やはり私の出場競技では注目を浴びることはできそうにない。
二日目と三日目に待っている競技たちも、どれも地味なものばかりだし。
せっかく魔術師業界に名前を広めるチャンスだったのに、これではその思惑は上手くいきそうにないな。
密かに肩を落としていると、続々と競技参加者たちが訓練場に集まって来るのが見える。
一年生から三年生までを合わせた、超人疾走の参加者たち。
総勢六十名近くにも及ぶ。
この人たちと競い合って、クラスに加点される競技点を稼がなければならないのだ。
「えぇ、それではまず抽選の方から始めたいと思います」
星華祭の実行委員がそう言って、各クラスに抽選のくじを引かせていく。
走る組み合わせはこのように抽選で決めることになっている。
参加クラスは全部で二十一。そのうちの七クラスで一つのグループを作る。
すると合計で三つのグループが完成するので、各グループごとに一人が出走して、一位から七位までを決める。
それを三回繰り返して、順位が高いほどたくさんの競技点をもらえるという仕組みだ。
なぜ三回なのかというと、各クラスの参加人数が三人で、同じ人は出走できないからである。
「ねえ、本当に私たちだけで大丈夫なの?」
抽選が半ばまで進んだところで、私の近くにいる女子生徒が不安げな様子で呟いた。
すると近くにいるもう一人の男子生徒が、やや呆れた様子でその女子に返す。
「んなこと言ったって、もう決まっちまったものはしょうがねえだろ」
「でもやっぱり、私たちだけじゃ不安だよ。代表者のマロンには、こっちに来てもらえばよかったんじゃないかな?」
「無いものねだりしたって今さら遅いだろ。俺たち三人でやるしかねえんだ」
そう話し合っているのは、一年A組のクラスメイトであり同じ競技参加者だ。
白と緑の二層色ヘアの男子生徒、ラディ・モンデ。
日向のような橙色の髪の女子生徒、カロート・ジュリエンヌ。
超人疾走にはこの二人と一緒に参加する予定だ。
しかし、依然として二人の顔は曇天模様を見せている。
それも当然で、今回のこの競技には代表者のマロンさんがいない。
「マロンがいれば、超人疾走でも高順位を取れたかもしれないのに……」
ある程度の競技は同時進行で執り行われるため、すべての競技に参加できる代表者でも出場ができない場合があるのだ。
ちょうど今、マロンさんはグラウンドの方で行われている競技に出ているため、ここは私たちだけで勝たなければならない。
ただ、総合的に見ると私たち三人は魔力値が低い方で、強豪の二年生や三年生を押し退けて高順位を取れる可能性はかなり低いと思われる。
二人が不安げな様子を見せるのも当然だ。
その不安に駆られたのか、そわそわしているラディが私の方を見て毒づいてきた。
「おい平民、せいぜい足ひっぱんなよ」
「……」
今の一言で察せると思うけど、私は依然としてクラスメイトたちと仲が悪い。
家章も持たない平民のくせに、同じ学園の生徒だというのが気に食わないようだ。
そのため競技の練習も合同でしたことはなく、話し合いだって今ここで初めてしたくらいだ。
チームワークは、はっきり言って一番ないかもしれない。
「ねえ、走る順番はどうする?」
カロートがそう言うと、一応この中では最高の魔力値を持つラディが、リーダー的な立場になって考え始めた。
そういえばまだそれも決めていなかった。
他のクラスはもう順番も決めて準備万端だというのに、私たちは本当に連携が取れていない。
まあ大体は私がはぶられてるせいだけど。
「俺とカロートが一、二番の方がいいだろうな。たぶん他のクラスの連中は、強い奴を後ろに回してくると思う」
「そ、それなら、ラディが一番最後に走った方が……」
「さすがに俺でも、三年や二年も混じった中で高順位を取るのはきつい。だからここは敢えて、俺とカロートが第一グループと第二グループで走って“確実”に得点を稼ぎに行った方がいいと思うんだ。この平民には魔境の第三グループを走らせる。いわば捨て石作戦ってわけだ」
……ふむ。
確かに利口な作戦だと思う。
ラディの言う通り、どのクラスも自信のある人は後半のグループに回してくると思う。
第一グループと第二グループで様子を見て、第三グループで得点の高いクラスを潰す。
障害物競争とは言うけれど、過度にならなければ生徒同士での魔法のぶつけ合いも許されている競技だ。
狙って特定のクラスを邪魔することもできてしまう。
だから第三グループに強力な人物を持ってくるのがセオリーとなっている。
という理由の他に、単純に第三グループが大トリになるので、そこで目立とうという実力者が集中しがちになっているのだ。
「ハナからこの平民に期待なんてしてねえからな。下手に第一グループに出してビリでも取られたら最悪だ。それなら捨て石として第三グループに持ってく方がいいだろ。最後の競技点を持ってかれるのは癪だが、俺とお前の二人で点を稼げば充分なはずだ」
「まあ、ラディがそう言うなら……」
「……」
まるで信用されていないって感じだなぁ。
まあ私は家章も持っていない平民だし、魔力値測定でも前代未聞の“1”を叩き出してしまったからね。
こんな私に期待する方がおかしいというものだ。
だから捨て石として第三グループに出して、自分たちで確実に第一グループと第二グループで点を稼ぐ作戦は利口だと思う。
「てわけだ。お前は特に何もしなくていい。せいぜいA組の顔を汚さねえように、ちゃんと最後まで走り切ることだな」
ラディはそう言った切り、私に背を向けてしまった。
カロートは少し内気な性格なのか、あからさまな敵意を見せてくることはないが、私とは関わろうとせずに目を伏せてしまう。
「…………うーん」
どうにかして仲良くする方法はないものかねぇ。
せっかく星華祭で、クラスのみんなと協力する機会がやってきたのだから、これを機に仲を育みたいものだ。
上手く連携をしていかなければ、今後の競技にも支障が出るかもしれないし。
『続いての競技は、訓練場にて執り行う超人疾走となります。観戦をご希望の方は、是非訓練場の観客席までお越しください』
私も二人の不安に当てられたのか、僅かに気持ちをざわつかせていると、魔法によって拡声された放送係の号令が学園内に響き渡った。